タイプライターに魅せられた男たち・番外編第8回

タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(8)

筆者:
2015年12月17日

菊武学園タイプライター博物館(7)からつづく)

菊武学園の「Salter Improved No.5」
菊武学園の「Salter Improved No.5」

「Salter Improved No.5」は、ジョージ・ソルター社が、1892年頃から1900年頃にかけて製造したタイプライターです。イギリスのウェスト・ブロムウィッチにあったジョージ・ソルター社は、元々はバネや重量計の会社だったのですが、フォーリー(James Samuel Foley)の設計により、タイプライターの製造・販売もおこないました。

菊武学園の「Salter Improved No.5」前面
菊武学園の「Salter Improved No.5」前面

「Salter Improved No.5」の特徴は、カーブした28キーのキーボードと、それに沿って鉛直に立てられた28本のタイプバー(活字棒)にあります。タイプバーは、それぞれがキーにつながっており、キーを押すと対応するタイプバーが打ちおろされて、プラテンの上に置かれた紙の上面に印字がおこなわれます。いわゆるダウンストライク式ですが、「Salter Improved No.5」では、各タイプバーの先に3種類の活字が埋め込まれていて、プラテン・シフト機構により、84種類の文字が印字できるのです。

菊武学園の「Salter Improved No.5」後面
菊武学園の「Salter Improved No.5」後面

ただ、菊武学園タイプライター博物館が所蔵する「Salter Improved No.5」は、シフトキーが少し変わっていて、大文字へのシフトキーが「MAJ」、数字へのシフトキーが「CHI」と記されています。「Salter Improved No.5」では、通常、これらは「CAP」と「FIG」なのです。キー配列はほぼQWERTY配列ですが、上段のキーは左から順に、Q・q・1、W・w・2、E・e・3、R・r・4、T・t・5、Y・y・6、U・u・7、I・i・8、P・p・9、O・o・0、となっていて、OとPが入れ換わっています。一方、中段のキーは左から順に、A・a・à、S・s・è、D・d・é、F・f・/、G・g・_、H・h・ù、J・j・£、K・k・’、L・l・-、^・.・)、下段のキーは左から順に、Z・z・”、X・x・%、C、c、ç、V・v・?、B・b・!、N・n・:、M・m・;、,・&・(、となっていて、記号の代わりに、アクセント付きの小文字が数多く搭載されています。シフトキーの「MAJ」がmajuscule、「CHI」がchiffreだとすると、菊武学園の「Salter Improved No.5」(製造番号2723)は、あるいはフランス向けの輸出モデルだったのではないかと推測されます。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。木曜日の掲載です。