前回までは、主に、私の個人的な体験に基づいた話を書いてきました。今回からは、もうちょっと話を一般化したいと思います。実際に書店に国語辞典を買いに行くとき、どんなことに気をつければいいかといった、実践的な内容を扱います。
チェック項目を並べて国語辞典を点数化したくないというのは、最初に述べたとおりです。特定の辞書だけがいいと思われるような書き方は避けます。それよりも、読者が「自分ならこういう辞書を選ぶ」と、自由に判断するのを助けるような材料を記すつもりです。
話の中心にしたいのは、児童・生徒が学校で使う学習国語辞典(以下、学習辞典)です。特に、小学生向けのものを取り上げます。
なぜ急に学習辞典の話になるのか、と思われるかもしれません。理由は、大人が自分用の辞書を選ぶときよりも、子どもに選んでやるときのほうが、ずっと頭を悩ませるものだからです。辞書ひとつで学習意欲が左右されるかもしれないわけで、責任は重大です。
子どもの辞書の選び方が分かれば、その応用で大人の辞書も選べます。大人用の辞書については、必要に応じて補足をします。
私自身は、小学生の時、例の『広辞典』(集英社)という実用辞典を愛用していたためもあって、リアルタイムで学習辞典を使った記憶はほとんどありません。学校の図書館にあったものを、授業で何度か使った程度です。その後も、学習辞典とは縁がないままでした。
ところが、2004年のこと、NHK教育テレビの小学生向け国語番組の制作に参加してから、事情が変わりました。語彙や文法から文章表現にいたるまで、ことばに関するもろもろの内容を、小学生に分かるように説明する必要が出てきました。
私は、その手法を学習辞典に求めました。学習辞典は、やさしい説明が命です。たとえば、「概念」は、一般向けの『新選国語辞典』(小学館)では、〈多くの観念のうちから、共通の要素をぬきだし、それをさらに総合して得た普遍的な観念〉と説明しています。これでも十分ですが、子ども向けの『例解学習国語辞典』(同)では、さらにかみ砕いています。
〈多くの物ごとから、にたところをとりだしてつくられる考えのまとまり〉
たしかに、分かりやすい。こうして、私は、学習辞典を熟読するようになりました。
学習辞典選びは自分の目で
その後、「子どもの国語辞典をどう選んだらいいか」と取材を受ける機会も、何度かありました。インタビュアーの話から、世間では、学習辞典の選び方に悩む親御さんが非常に多いらしいことも知りました。
実際、学習辞典に対する需要は高まっているようです。〈辞書の売れ行きはこの10年で約半分に落ち込んだが、小学生向けの辞書に限っては販売部数が伸びている〉(『産経新聞』ウェブ版 2009.4.21、三省堂宣伝広報部長談)というのですから、よろこばしい話です。
「amazon.co.jp」の「国語辞典」というカテゴリーで、売れている順番にリストを並べてみると、一般向けを抑えて、学習辞典が上位に来ます。今や、学習辞典を無視しては、国語辞典は語れない状況になっています。
学習辞典人気の功労者は、言うまでもなく、立命館小学校の深谷圭助さんです。小学1年生から日常的に辞書を引かせるという、従来にない指導法を取り入れました。子どもたちは、調べたことばに付箋をつけていき、そのうち、付箋の厚みで辞書がふくれあがります。調べた量が視覚化され、自信につながります。
この指導法は、画期的であると同時に、いたって正攻法であり、支持を広げました。辞書出版社もまた、この指導法を支持し、かつ、競うかのように宣伝しています。宣伝それ自体は、辞書の活用を促すことにつながり、たいへんけっこうなことです。
ただ、その結果、〈深谷先生も推奨されている辞書〉という理由で、いくつかの特定の学習辞典を選んだり、勧めたりする人も出てきました。インターネット上では、そういう書きこみが目につきます。これは判断停止であり、好ましいことではありません。
深谷さん自身は、〈辞書によって書いてあることが違うと知るのも大切な学びですから、最初の辞書は当校ではあえて指定していません〉(『プレジデントFamily』2009.4)と明確に語っています。著書にも、辞書の名前は記してありますが、例示にとどまります。判断は、あくまで辞書を買う側がすべきものです。
どの先生が推薦しているからとか、アマゾンのレビューでほめてあったからという理由で子どもの辞書を選ぶのは、さびしい気がします。せっかくなら、自分の目で選びたいではありませんか。そのために役立つことをお話ししたいと思います。