漢字表記欄の下には、品詞表示の欄があります。(名)(形)(副)などとあるのがそれです。この品詞表示、読者はどう役立てているのだろうと、考えこむことがあります。
ある単語の品詞は何か、動詞か、形容詞か、ということに関心を持つ人は、残念ながら少数でしょう。日本語・日本文学専攻の大学生に聞いても、「中学で何か習ったような気はしますが……」という程度の認識です。文法が実生活に役立っていません。
それなら、国語辞典に品詞表示はいらないじゃないか、ということにもなりそうです。現に、いわゆる実用辞典では、品詞表示は省かれています。でも、品詞についての知識を持っておくと、実生活でもけっこう役立つものです。
たとえば、テレビのニュースで、〈私は最初、唐突と始まった話の中身がよく分かりませんでした。〉という発言がありました(NHK「ニュース7」2006.2.23)。「唐突に」は私も使いますが、「唐突と」とは言うだろうか、と疑問を持ちました。こういうときに、国語辞典の品詞表示を参考にしてみます。
いくつかの国語辞典を見ると、「唐突」の項目には、(形動ダ)、〔ダナ〕などと書いてあります。これは、「唐突」が「ダ」型の形容動詞で、「唐突だ・唐突な・唐突に」などと活用することを示しています。この記述に従えば、一般的には、「唐突と」ではなく、「唐突に」のほうが伝わりやすそうだ、ということが分かります。
あるいは、こんな例もあります。自動車会社の人が、〈〔運転のコンピューター化が進むと〕いつもいつも漫然な運転〔を〕されてしまいますので〉と発言していました(NHK「特報首都圏」2010.7.23)。
ふたたび国語辞典で「漫然」を引くと、こんどは(形動タルト)、〔ト タル〕などと書いてあります。「漫然」は「タルト」型の形容動詞で、「漫然たる・漫然と」と活用します。「漫然な運転」よりも「漫然とした運転」のほうが伝わりやすいと考えられます。
国語辞典の中で、形容動詞は多数の項目を占める品詞のひとつです。これに「ダ」型・「タルト」型の2つのタイプがある、ということを頭に入れておくだけでも、読み書きの際に役に立ちます。品詞表示を無視するのはもったいない話です。
自サ・他サとは何さ?
国語辞典に多く出てくる品詞表示としては、(名・自サ)(名・他サ)も無視できません。たとえば、「安眠」は(名・自サ)、「批判」は(名・他サ)と示されます。
これは、次のような意味です。「安眠」「批判」は、(名)、つまり名詞としても使われるし、「する」をつけて「安眠する」「批判する」のようにも使われます。「する」は「さ・し・する・すれ・せよ」などとサ行に活用するので、「サ」という略号をつけてあるのです(辞書によっては、「ス」「スル」などの略号を使っていますが、同じことです)。
では、その間の「自」「他」は何かと言うと、自動詞・他動詞のことです。英語に両者の区別のあることは知られていますが、国語辞典でも、自動詞・他動詞を区別しています。ごく大ざっぱに言えば、「首相を批判する」のように、「○○を」の形で、誰か(何か)に対してはたらきかけるのが他動詞です。一方、「彼は安眠していた」のように、「○○を」の形をとらず、周りにはたらきかけないのが自動詞です。
私たちが動詞を使うとき、その動詞が「を」「に」のどちらをとるかで迷うことは、しばしばあります。たとえば、ある落語家が〈新しいインフルエンザが、まあ、世界を蔓延しておりまして〉と語っていました(NHK教育「日本の話芸」2009.7.14)。でも、こういうときは、「世界に蔓延」と言うのではないかと思われます。
国語辞典を引いてみると、「蔓延」は(名・自サ)と書いてあります。「自」、つまり自動詞は「を」を取らないので、「世界に蔓延」のほうがいいことが分かります。
あるいは、〈基地に依存している沖縄経済にも考慮しなければならない。〉(『週刊文春』2006.10.26 p.55)という例。「考慮」は、国語辞典では(名・他サ)と出ています。「他」、つまり他動詞ですから、「を」を取ります。そこで、この文章は「沖縄経済をも考慮」(または、「沖縄経済も考慮」)と書いたほうがいいことになります。
自動詞・他動詞の表示も、こんなふうに、実際の用に役立てることができます。もっとも、国語辞典によって、自動詞・他動詞の認定のしかたはけっこう違いがあって、単純に「『を』を取らないか、取るか」だけでは判断していない場合もあります。ただ、以上のような実用性を踏まえるなら、「『を』を取れば他動詞、取らなければ自動詞」という分け方を原則にしたほうがいいと、私は考えています。