国語辞典入門

第32回 語釈の文末は形式が決まっている―語釈(意味説明)のしかた 文末の形式と品詞

筆者:
2010年9月1日

ことばの意味を説明することは、日常会話でも、テレビや新聞でもよくありますが、それらの場合に比べて、国語辞典の語釈は、形式がよほど厳密に決まっています。

歌舞伎に関するテレビ番組を見ていた時、「やつす」ということばについての説明がありました。〈「やつす」とは、みすぼらしいさまだけどかっこいいこと〉と定義されていました(NHK BS-2「プレミアム8・極付歌舞伎謎解」2010.3.8 20:00)。商家の若旦那が勘当されて、身を質素に「やつす」のは、ファッションの要素もあったようです。

近影イラスト

なるほど、と思いましたが、この説明は、そのまま国語辞典の語釈にはなりません。歌舞伎特有の意味だからというだけでなく、説明の形式が辞書にふさわしくないからです。

国語辞典の語釈の形式で、最も特徴的なのは文末です。できるだけ、名詞の語釈は名詞で、動詞は動詞で、形容詞は形容詞で終わるように書いてあります。たとえば、『三省堂国語辞典』で「細身」(名詞)、「細める」(動詞)、「細い」(形容詞)を引くとこうです。

〈ほそ み[細身](名)①はばの せまい、きゃしゃな 作り。〉

〈ほそ・める[細める](他下一)細くする。〉

〈ほそ・い[細い](形)①〔長いものの〕はばが小さい。〉

「細身」の語釈の最後は名詞「作り」で終わり、「細める」は動詞「する」、「細い」は形容詞「小さい」で終わっています。見出し語と語釈とが、きれいに対応しています。

先のテレビ番組の例は、「やつす」という動詞の説明が、〈……みすぼらしいさま〉〈……かっこいいこと〉となっていて、動詞で終わっていません。辞書にふさわしくない形式だというのは、そういうことです。

べつに形式なんかどうでもいいと思う人もいるでしょうか。でも、たとえば、「息子はいやしい姿に身をやつし……」の「やつす」を解釈するとき、辞書に「みすぼらしいさま」と名詞形の説明が出ていては、「いやしい姿に身を、みすぼらしいさま」となってしまい、意味が通じません。やはり、ここは語釈の最後を動詞形にして、

〈やつ・す〔略〕(他五)〔目立たない姿に〕服装を変える。〉(『三省堂』)

というふうに説明しておくべきです。

見出し語と入れ替えても通じる語釈に

項目によっては、見出し語と、語釈の文末の形式をそろえるのがむずかしい場合もあります。たとえば、動詞「あぶれる」の場合、語釈も動詞で結ぶはずのところですが、実際には必ずしもそうなっていません。『三省堂』の語釈は次のとおりです。

〈〔人数が余って〕仕事などに ありつけない。はみ出る。〉

「ありつけない」と否定形で締めくくっています。これと似た語釈を掲げる国語辞典は、ほかにもあります。でも、「あぶれる」と「ありつけない」は用法が違います。

「倒産で仕事にあぶれる」という場合、「倒産で仕事にありつけない」と言い換えることはできません。むしろ、「仕事にありつけなくなる」としたほうがぴったり来ます。『現代国語例解辞典』(小学館)では、この語釈を採用しています。

ところが、「仕事にあぶれる状態が1年も続く」という場合は、「ありつけなくなる」では意味が通りません。「仕事にありつけないでいる」と解釈しなければなりません。『新明解国語辞典』(三省堂)は、この語釈を採用しています。

つまり、「あぶれる」は、「ありつけない」と否定形で説明しても、また、「ありつけなくなる」「ありつけないでいる」と説明しても、ぴったりした語釈になりません。「あぶれる」は動詞ですが、それを同じく動詞で説明するのは簡単ではありません。

私自身が語釈を書くのに悩んだことばに、「すべる」があります。「スキーですべる」と言うときの意味はいいとして、「漫才でギャグがすべる」と言うときの「すべる」の語釈を、動詞で終わらせることができませんでした。

最初の原稿では〈受けをねらったが、受けない。〉としてありました。「ない」と否定形で結んでいます。でも、「(ギャグが)すべってばっかりいる」を「受けないでばっかりいる」と言うと、日本語として変です。「すべる」イコール「受けない」ではありません。

いろいろ考えた末、〈じょうだんなどが、受けずに終わる。〉という語釈にしました。なんとか動詞で終わる形にしたのです。

国語辞典の語釈は、見出し語と入れ替えて文章の中で使っても、そのまま意味が通じるようになっているのが理想です。そのためには、見出し語が動詞なら動詞らしい語釈に、形容詞なら形容詞らしい語釈にする必要があります。お手持ちの辞書はどうでしょうか。

* * *

〔お知らせ〕

「国語辞典入門」は、9月いっぱい休載いたします。英気を養い、10月から再開いたしますので、何とぞ引き続きご愛読ください。


追記:「9月いっぱい休載」と申しておりましたが、事情により、休載期間をいましばらく延長させてください。決して話の種が尽きたわけではありませんので、再開までお待ちいただければ幸いです。今後とも本連載をよろしくお願いいたします。

2010.10.1 筆者

筆者プロフィール

飯間 浩明 ( いいま・ひろあき)

早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。

URL:ことばをめぐるひとりごと(//www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

【飯間先生の新刊『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』】

編集部から

これまで「『三省堂国語辞典』のすすめ」をご執筆くださった飯間浩明先生に「国語辞典の知っているようで知らないことを」とリクエストし、「『サンコク』のすすめ」が100回を迎えるのを機に、日本語のいろいろな辞典の話を展開していただくことになりました。
辞典はどれも同じじゃありません。国語辞典選びのヒントにもなり、国語辞典遊びの世界へも導いてくれる「国語辞典入門」の始まりです。
2010年 1月 6日