地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第3回 日高貢一郎さん:「方言絵はがき」はいま…

2008年6月28日

全国各地には、その土地の名所・旧跡や、代表的な観光スポットを、恰好のアングルから写した観光絵はがきがあり、旅行者は、旅の記念にそれを求めます。

そのユニークなバリエーションのひとつとして「方言絵はがき」があります。

【①《場面解説型》の例】

【①《場面解説型》の例 『鹿児島弁』】

(『鹿児島弁(かごっまべん)』の一枚)

いくつかのタイプがあり、①名所の写真を示し、方言でその観光ガイドをする《場面解説型》、②道での立ち話、他家を訪問した際の玄関でのやり取り、店での買い物風景などの場面を写真やイラストで描き、方言の会話でその土地の日常を表現する《会話展開型》、③代表的な方言の単語を挙げ、その語のニュアンスがわかるような場面を描く《一語説明型》、④代表的な方言の語彙を多数挙げる《語彙列挙型》、⑤漫画のシーンと顔の表情で方言語彙の意味あいを説明する《漫画表現型》、など、多彩です。①と②が最も一般的で、④はセットになったものの一枚として加えられていることがあります。

そしてこれらを4枚、8枚、12枚などを一組としてケース(袋)に入れ、『秋田のことば』『名古屋言葉』『土佐方言』などといった題がつけられ、ケースにはその土地を代表する風景や事物の写真、イラストなどが描かれています。

【③《一語説明型》の例】

【③《一語説明型》の例 『つがるべんゑはがき』】

(『つがるべんゑはがき』の一枚)

地域差が大きいのも特徴のひとつで、これまでに知りえた250点を超える方言絵はがきを見ると、多いのは東北(青森、岩手、山形、宮城)、東海(名古屋)、北陸(金沢、富山)、関西(京都、大阪)、四国(高知)、九州(博多、熊本、鹿児島)などですが、いずれも方言に特徴のあるところに集中していることがわかります。

よそからその土地を訪れた観光客を主な対象として想定し、いかにも遠くに来たと“旅情”を感じて、思い出のよすがとして買ってもらうことが主なねらいになっています。

ユーモラスな、遊びごころをもった観光みやげ、それが「方言絵はがき」だ、と言っていいでしょう。

ところが、ある時期、地元出身者を想定したものがありました。実は、戦時中の「兵士慰問用のはがき」に、この方言絵はがきが利用されていました。あすはどうなるかわからない戦場の最前線で、懐かしい故郷のことばで描かれた慰問のはがきを受け取った出征兵士たちは、どんな思いでこれを読んだのでしょうか? 

かつては、全国各地で多彩な姿を見せた方言絵はがきでしたが、最近はめっきり少なくなりました。今も販売されているのは、青森県ぐらいではないかと思われます。もしその他の県で手に入るところがあったら、ぜひご教示ください。

なお、さらに詳しくは、日高貢一郎「「方言絵はがき」の研究 (1)」(『大分大学教育福祉科学部研究紀要』26巻1号、2004.4)をご覧ください。

筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 日高 貢一郎(ひだか・こういちろう)

大分大学名誉教授(日本語学・方言学) 宮崎県出身。これまであまり他の研究者が取り上げなかったような分野やテーマを開拓したいと,“すき間産業のフロンティア”をめざす。「マスコミにおける方言の実態」(1986),「宮崎県における方言グッズ」(1991),「「~されてください」考」(1996),「方言によるネーミング」(2005),「福祉社会と方言の役割」(2007),『魅せる方言 地域語の底力』(共著,三省堂 2013)など。

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。