タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(82):Ford Aluminum Typewriter

筆者:
2020年6月4日
『Yale Courant』1896年5月2日号
『Yale Courant』1896年5月2日号

「Ford Aluminum Typewriter」は、フォード(Eugene Amzi Ford)率いるフォード・タイプライター社が、1895年に発売したタイプライターです。筐体を全てアルミニウム製にすることで、11ポンド(約5キログラム)という軽量化を実現しており、販売価格は85ドルでした。

「Ford Aluminum Typewriter」の印字機構は、スラスト・アクションと呼ばれるものです。各キーを押すと、対応する活字棒が、まっすぐプラテンに向かって飛び出します。プラテンの前面には紙が挟まれており、そのさらに前にはインクリボンがあって、まっすぐに飛び出した活字棒は、紙の前面に印字をおこないます。活字棒は27本あって、それぞれの活字棒には、活字が上下に3つずつ埋め込まれています。上の活字は小文字、真ん中の活字は大文字、下の活字は数字や記号となっています。通常は小文字が印字されるのですが、キーボード最下段の「CAPITALS.」を押し下げると、活字棒が飛び出す角度が少し上がって、大文字が印字されるようになります。その左にある「FIGURES&c.」を押し下げると、活字棒が飛び出す角度がさらに上がって、数字や記号が印字されるようになります。

「Ford Aluminum Typewriter」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列です。キーボードの上段は、記号側に1234567890が、大文字側にQWERTYUIOPが、小文字側にqwertyuiopが並んでいます。中段は、記号側に&'$/_-?";が、大文字側にASDFGHJKLが、小文字側にasdfghjklが並んでいます。下段は、記号側に@%¢()#:.が、大文字側にZXCVBNM.が、小文字側にzxcvbnm,が並んでいます。27本の活字棒に、それぞれ3種類の活字が埋め込まれているので、最大81種類の文字を印字可能なのですが、コンマがダブっているため、80種類の文字となっているのです。キーボード最下段には「FIGURES&c.」「CAPITALS.」「SPACE BAR.」が並んでいて、「SPACE BAR.」は「FIGURES&c.」や「CAPITALS.」の倍の幅です。

フォード・タイプライター社は「Ford Aluminum Typewriter」と同時に、筐体が鉄製(黒漆塗り)のモデルも発売しました。ただし、鉄製のモデルは、重さが16ポンド(約7.3キログラム)もあったことから、「Ford Aluminum Typewriter」より10ドル安く、価格を75ドルとしたようです。

『Cosmopolitan』1896年4月号
『Cosmopolitan』1896年4月号

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。