タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(81):Keystone Typewriter

筆者:
2020年5月21日
『Phonetic Journal』1899年12月9日号
『Phonetic Journal』1899年12月9日号

「Keystone Typewriter」は、ペンシルバニア州ハリスバーグのキーストーン・タイプライター社が、1899年に発売したタイプライターです。キーストーン・タイプライター社は、エリオット&ハッチ社の技術供与を受けていましたが、この「Keystone Typewriter」はクウェンテル(William Prehn Quentell)が独自に設計したもので、タイプ・シャトル(扇形の活字板)による印字機構を採用しています。

「Keystone Typewriter」のタイプ・シャトルには、28行×3列=84字の活字が、プラテンの方を向いて埋め込まれています。タイプ・シャトルの3列の活字のうち、下の列には「FIG」に対応する数字や記号が、真ん中の列には「CAP」に対応する英大文字が、上の列には英小文字が、それぞれ埋め込まれています。28個の各キーを押すと、タイプ・シャトルの対応する活字が紙の前へと回転移動し、紙の背面からハンマーが打ち込まれることで、紙の前面に印字がおこなわれるのです。通常は英小文字が印字されますが、キーボード左下の「CAP」を押すとタイプ・シャトルが上がって、英大文字が印字されるようになります。キーボード左端の「FIG」を押すとタイプ・シャトルがさらに上がって、数字や記号が印字されるようになります。

「Keystone Typewriter」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列です。キーボードの上段は、記号側に1234567890が、大文字側にQWERTYUIOPが、小文字側にqwertyuiopが並んでいます。キーボードの中段は、左端に「FIG」キーがあって、記号側に()@/$_#%-が、大文字側にASDFGHJKLが、小文字側にasdfghjklが並んでいます。キーボードの下段は、左端に「CAP」キーがあって、記号側に£'"?!:;§.が、大文字側にZXCVBNM&.が、小文字側にzxcvbnm,.が並んでいます。ピリオドがダブっているので、28個のキーに82種類の文字が並んでいるのです。

「Keystone Typewriter」はタイプ・シャトルを印字機構に採用することで、部品の数を減らし、安価に製造することが可能となっていました。しかし1903年6月、エリオット・フィッシャー社の設立に合わせて、キーストーン・タイプライター社は、エリオット・フィッシャー社に合併吸収されました。その一方でクウェンテルは、エリオット・フィッシャー社ではなく、ポスタル・タイプライター社へと移っており、結果として「Keystone Typewriter」は、わずか3年ほどで生産を終了したのです。

『Typewriter and Phonographic World』1900年1月号
『Typewriter and Phonographic World』1900年1月号

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。