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第48回【観光公害】かんこうこうがい

筆者:
2023年8月28日

[意味]

観光客が増加し、観光地に住む人たちの生活や自然環境に悪影響を与えること。オーバーツーリズム。

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中国政府が8月10日に、日本を含む世界78カ国・地域への団体旅行を新たに解禁しました。新型コロナウイルスの感染拡大で2020年1月に禁止して以来、約3年半ぶりの再開となります。中国からのインバウンド(訪日外国人)の回復により、「爆買い」と呼ばれる大規模消費など経済の押し上げ効果が期待される一方、「観光公害」への懸念も強くなっています。

「観光公害」とは、観光地に殺到する観光客が地元住民の生活環境を乱すこと。訪日外国人増加に関するニュースで見ることが多く、新しい言葉と思いきや、ビジネスデータサービス「日経テレコン」で記事を検索すると、日本経済新聞では1970年から使用が確認できます。国内外を問わず、古くて新しい社会問題ということなのでしょう。1990年代までの記事を見ると、交通渋滞、交通事故、ごみ公害、リゾート開発による自然破壊などが取り上げられています。海外で史跡や公共施設に落書きをする日本人観光客のマナーの悪さを憂えるようなものまでありました。

出現記事数を見ていくと、1970年から1996年までは年に2件以内でぽつぽつと紙面に登場。それが1997~2016年はゼロでした。空白の20年間を経て、外国人観光客数が急増する2010年代後半から紙面に「観光公害」が再登場したというわけです。原因はインバウンドによるものばかりではありませんが、受け入れ可能な人数を超える観光客の訪問は各地で弊害をもたらしています。

評論家の生内玲子さんは1986年11月15日付日本経済新聞夕刊1面の「観光公害」と題するコラムをこう結んでいました。「観光する人がある一方〝観光される人〟があることを忘れてはならない。これは、観光客の心得でもあるが、観光振興をしようとする自治体などの関係者たちも、観光される側の地元民のことを、もっとしっかり考えてかかる必要があるのではないだろうか」と。現在にも通じる戒めの言葉だと思います。国内では地元の環境整備などを目的とした宿泊税を徴収する自治体が出てきました。

インバウンド景気に期待するのはもちろんですが、喜んでばかりではいられません。

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新四字熟語の「新」には、「故事が由来ではない」「新聞記事に見られる」「新しい意味を持った」という意味を込めています。

筆者プロフィール

小林 肇 ( こばやし・はじめ)

日本経済新聞社 用語幹事・専修大学協力講座講師。1990年、日本経済新聞社に入社。日経電子版コラム「ことばオンライン」、日経ビジネススクール オンライン講座「ビジネス文章力養成講座」などを担当。著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林 第四版』(編集協力、三省堂)などがある。日本漢字能力検定協会ウェブサイト『漢字カフェ』で、コラム「新聞漢字あれこれ」を連載中。

編集部から

四字熟語と言えば、故事ことわざや格言の類で、日本語の中でも特別の存在感があります。ところが、それらの伝統的な四字熟語とは違って、気づかない四字熟語が盛んに使われています。本コラムでは、日々、新聞のことばを観察し続けている日本経済新聞社用語幹事で、『大辞林第四版』編集協力者の小林肇さんが、それらの四字熟語、いわば「新四字熟語」をつまみ上げ、解説してくれます。どうぞ、新四字熟語の世界をお楽しみください。

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