タイプライターに魅せられた女たち・第94回

メアリー・オール(3)

筆者:
2013年8月22日

1888年8月13日、オール女史は、カナダのトロントで、カナダ速記協会の第7回年次大会に参加していました。この大会では、4つのメダルを賭けて、タイプライターコンテストがおこなわれることになっていたからです。タイプライターコンテストの参加者は、男性5名と女性5名の合計10名で、うち5名が「Remington Standard Type-Writer No.2」を、残りの5名が「Caligraph No.2」を使用していました。

コンテストの最初の競技は、手書き文書の清書でした。ビジネスレターを5分間、裁判の証言録を5分間、それぞれ清書するもので、優勝者には金メダルが、準優勝者には銀メダルが授与されることになっていました。この競技の結果は以下のとおり([R]と[C]は使用機の頭文字を表します)。

  ビジネスレター 裁判の証言録 合計
オール女史[R] 2451ポイント 2484ポイント 4935ポイント
マッガリン[R] 2401ポイント 2355.5ポイント 4756.5ポイント
オズボーン[C] 2320ポイント 2357ポイント 4677ポイント
グラント夫人[R] 2219ポイント 2242.5ポイント 4461.5ポイント
マクブライド[C] 2141ポイント 2173.5ポイント 4314.5ポイント
マクマナス女史[C] 2091ポイント 2098.5ポイント 4189.5ポイント
ヘンダーソン夫人[C] 1907ポイント 2071.5ポイント 3978.5ポイント
ベリー女史[R] 1908ポイント 2018ポイント 3926ポイント
スナイダー[R] 1673ポイント 1771.5ポイント 3444.5ポイント
ニコラス[C] 遅刻のため記録なし

金メダルはオール女史が、銀メダルはマッガリンが獲得しました。オール女史は、メトロポリタン速記協会での雪辱を、見事このトロントで果たしたのです。

2つ目の競技は「This is a song to fill thee with delight.」を繰り返し叩いて、そのスピードを競うもので、優勝者には銀メダルが授与されることになっていました。結果は、オズボーン(Thomas W. Osborne)が630.7ポイントを叩いて優勝、銀メダルを獲得しました。3つ目の競技は、カーボン紙をはさんだ15枚の紙に同時にタイピングするという競技で、ヘンダーソン夫人(Mrs. A. J. Henderson)が優勝し、銀メダルを獲得しました。

この結果に満足したウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社は、オール女史と契約を結んで、レミントン・タイプライターの広告を打ち始めました。世界一を決めるタイプライターコンテストで、レミントン・タイプライターが金メダルと銀メダルの両方を獲得した、という宣伝を、雑誌や新聞でおこなうことにしたのです。

ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社の広告(『Scribner's Magazine』1888年12月号)
ウィックオフ・シーマンズ&ベネディクト社の広告(『Scribner’s Magazine』1888年12月号)

メアリー・オール(4)に続く)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。

編集部から

近代文明の進歩に大きな影響を与えた工業製品であるタイプライター。その改良の歴史をひもとく連載です。毎週木曜日の掲載です。とりあげる人物が女性の場合、タイトルは「タイプライターに魅せられた女たち」となります。