びろうな話ですが、ご勘弁ください。「ぼんさん(坊さん)が、へをこいた」などというときの「こく」という動詞は、きわめて下品なことばです。もともとは、口や尻からものを出すということで、そうみだりに使いたいことばではありません。
ところが、この「こく」は、やがて意味が拡張して、「うそをこくな」などのように、「言う」の意味でも使われるようになりました。たしかに、「こく」も「言う」も、口から何かを出す点で共通します。「びっくりした」を「びっくら(びっくり)こいた」と言ったりしますが、これも、驚いた時に口から声が漏れることと関係があるのでしょう。
「びっくりする」が「びっくりこく」と言えるのならば、「する」のつくほかのことばも「こく」に言い換えていい道理です。それで、「いい年して」を「いい年こいて」、「暇してる」を「暇こいてる」などと言うようになりました。
2000年の暮れに「NHK紅白歌合戦」を見ていたら、由紀さおりさんがショートコントの後でおどけて〈失礼こきました〉と言っていました。あの上品な由紀さんが「こく」をこういうふうに使うところにおかしみがありました。
最近では、女性週刊誌で「リーマンこく」という言い方を目にしました。「サラリーマンをする」を下品に言ったものらしく、こんな言い方もできるのかと驚きました。
〈ふん。一流企業のリーマンこいてるからって、デカい顔すんなっ、と心のどこかで思っている私とは水と油の性格だったのかも。〉(『女性セブン』2008.9.11 p.122)
ここまで来ると、いずれ「先生が授業こいてる」などと、「する」を何でも「こく」と言うようになるかもしれません。今は、まだそこまでは行っていないようですが。
『三省堂国語辞典 第六版』では、「こく」に以上の意味、すなわち、1 放つ 2 言う 3 する、の意味を認めています。さらに、4番目には次のように記述しています。
〈4 「調子―〔=調子に乗る〕」〉
「調子に乗る」を「調子こく」とも言うことを示したものです。「こく」に「乗る」という意味があるわけでなく、「調子こく」全体で「調子に乗る」の意味です。そこで、語釈がなくて用例だけという変則的な書き方になりました。『三国』では、このように、用例だけを示している項目がけっこうあります。