学校用語には、その地方・地域だけで使っているものがいくつもあります。有名なところでは、関東で言う「学区」は、関西では「校区」と言います。大学の「1年生」は、京都大学などでは「1回生」です。時間割の「1時間目」は、学校によって「1時限目」「1限」「1校時」などと言います。学校制度は全国一律のようでありながら、使われる用語に少なからず違いがあるのはおもしろいと思います。
今回の『三省堂国語辞典 第六版』で採用したことばに「嘱任(しょくにん)」があります。意味は〈外部の人に仕事や役目をたのんで まかせること〉です。たとえば「嘱任手続きを進める」「新規嘱任」などと使います。でも、意味は分かるとしても、「そんなことばは使ったことがない」と言う人も多いかもしれません。
「嘱任」は、じつは、早稲田大学など一部の大学で使われていることばです。大学の先生を委嘱するときには「嘱任」、任期満了でおやめいただくときには「解任」と言います。「解任」には、その任務にふさわしくない人をやめさせるという響きがあるため、退職時に「長年勤めたのに、解任とは何だ」と憤然とされた先生もいらっしゃいます。
「嘱任」ということばが『三国』の候補に挙がった経緯はといえば、もともと、別の辞書を編集する際に、早大に関係する先生が発案されたのがきっかけでした。結局、その辞書に「嘱任」は載りませんでしたが、『三国』で採用されました。
細かく調べてみると、「嘱任」は、早大のほか、青山学院大・亜細亜大・国士舘大・多摩美術大・中央大・長岡造形大などで規則の文言などに使われています。学会でも、日本独文学会・言語科学会などでの使用例があります。大学以外での例もあります。
文学作品での例はほとんど知りませんが、戦前の海野十三の作品『十八時の音楽浴』に〈天文部長は次席のルナミに嘱任します〉とあります(「青空文庫」による)。海野は早大出身ですが、そのことと、この一節とに関係があるかどうかは分かりません。
「嘱任」は、現在、全国どこでも使っているとはいえないのが難点ですが、「校区」「1回生」などと同じ性格をもっており、記録しておきたいことばです。もっとも、今から考えると、〔一部の大学などで〕のように補足しておけば、より親切だったかもしれません。これは、次の版での課題です。