なべものがおいしい季節です。土鍋から白いゆげが立ちのぼるのを見ているだけでしあわせな気分になります。台湾も日本と同様年末年始にかけてたいへん寒かったのでコンビニでおでんを買いました。2月頃旧正月を祝うと聞いていたのですが、新暦の年末もちゃんとカウントダウンをして花火が上がります。そういうわけでお店は休みのところが多く、コンビニのおでんでわびしく年越しをしました。
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「おでん」の表記は「黒輪(おれん)」【写真1】です。ほかにもたくさんの種類がそろっています。日本語の「おでん」を台湾語(閩南語)に導入するとき発音が近い「黒輪」という当て字が採用されました。台湾語母語話者にとって“で”と“れ”の区別は難しいようです。このようにして「黒輪(おれん)」は台湾語のなかの外来語になったのです。
コンビニによっては「関東煮」【写真2】や「関東炊き」と表示されていて、そこには「黒輪」の表示はありませんでした。「関東煮」は北京語です。日本のコンビニで見かけるおでんとほとんど変わりませんが、日本以上に種類が多いので驚きます。
東呉大學日本語学科主任の王世和先生から興味深い話を伺いました。先生がよくサイクリングで通られる道に「台北尚好の社区(台北最高の団地)」という看板があるそうです。「の」は台湾でよく見かける日本語の「の」です。台湾語で「尚好」は「最高の」「一番良い」という意味です。北京語では「尚(まあまあ)」「好(良い)」という意味になり、「まあまあ良い団地」という意味になってしまうそうです。ただし、北京語に「尚好」という言葉はありません。
今は寒くて自転車に乗る季節ではないとのことで、その代わりにインターネットから資料を探してくださいました。台湾は今自然食品ブームです。「尚好企業」(【写真3】下方)とあります。この商品は、最高級のピーナツ等を低温処理、健康に最適、おいしいピーナツ類といった意味です。
台湾語話者と北京語話者の間では、「尚好」が「最高」なのか、「まあまあ」なのか、ジョークに使えそうです。今回は、中国語の共通語とされる北京語と地域語(この場合、台湾。閔南語とも呼ばれる)が異なる例をとり上げました。第89回にも関連記事があります。
「おでん」の語源は、平安時代の田植え踊りの「田楽」が、棒に乗って踊る高足に似ていたというのが始まりです。関西では本来の焼き豆腐の田楽があったので「おでん」と区別するために「関東煮(かんとだき)」と呼びました。その表記が簡体字の「关东煮」(guān dōng zhŭ)として中国大陸に広がりました。関西弁の中国進出です。「おでん」は、日本食のイメージがありますが、グーグルトレンドで検索すると、中国海岸部で盛んに使われることが分かります。
語源とグーグルトレンドについては共同執筆者からの情報によるものです。
編集部から
皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。
方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。