山の「尾根」というと、一般的には、「分水嶺の、いちばん高いところのつらなり」を指します。事実、『三省堂国語辞典』の初版には、そのような説明がありました。ところが、主幹の見坊豪紀(けんぼう・ひでとし)は、1970年のある日、ふとひらめきました。
〈「尾根」とは、「稜線」の意味だけでなく、「沢」の反対語の場合もあることに気づく。〉(『現代日本語用例全集 1』筑摩書房 1987 p.126)
つまり、「尾根」とは、山頂から山頂へ延びる線を指す以外に、ふもとへ延びる線を指すこともあるというのです。今、かりに、前者を「尾根1」、後者を「尾根2」としておきます。「尾根2」の間には、細長い谷(「沢」)があります。
「尾根2」の例を雑誌から探してみると、たしかに、次のように出てきます。
〈稜線上は強烈な風が吹きつけるが大喰岳〔おおばみだけ〕西尾根を下り始めると弱くなり、よい天気になった。〉(『山と渓谷』1995.6 p.75)
北アルプスの槍ヶ岳(やりがたけ)にある大喰岳の西側の「尾根」です。山頂と山頂の間にあるわけではなく、槍平まで下って行き、その先には新穂高温泉があります。
このような用法を踏まえて、1982年の『三国 第三版』では、「尾根」の項目が、次のように2つのブランチ(意味区分)に分けられました。
〈(一)山の頂上と頂上を結ぶ、いちばん高いところのつらなり。稜(リョウ)線。「―道」(二)頂上から ふもとへつづく、同じ形の部分。(←→沢)〉
「尾根」に2つの意味を認めたことは、重要な指摘でした。ただ、最後の〈……同じ形の部分。〉という説明のしかたは、いささか不十分でした。今回の第六版の改訂に際して、「意味がよく分からない」として、ブランチを削除する案も出たほどです。でも、どうやら「尾根2」のことらしいと見当がついたため、語釈を修正することになりました。
複雑な地形を要領よく説明するのは、なかなかむずかしいものです。最初の原稿では〈頂上から ふもとへ いくすじも のびている、屋根のような部分。〉としました。でも、「屋根」ではイメージが湧かないという意見があり、没になりました。最終的には、
〈頂上から ふもとへのびる いくすじもの山ひだの、高い部分。〉
として、決着がつきました。「尾根2」の様子をイメージしてもらえるでしょうか。