『三省堂国語辞典 第六版』に、「香盤(こうばん)」という、人によっては聞きなれないかもしれないことばが載りました。いったい、何のことだと思いますか。
とりあえず、『三国』を引いてみます。〈格子(コウシ)状の おおいのついた香炉(コウロ)〉という説明があります。香炉は〈香をたく入れもの〉です。格子でおおった香炉は、博物館などで見られないこともありませんが、日常生活ではそれほど接する機会はありません。『三国』は、現代語を多く収録することが特色のはずです。「香盤」をわざわざ新規項目として入れたことに違和感を持つ人もいるかもしれません。
じつは、このことばは、その次に書いてある意味が、現代では重要です。
〈〔演劇・映画などで〕俳優の名と出演する場面を表(ヒョウ)にしたもの。香盤表。〉
この意味の「香盤(表)」は、わりあいよく使われます。たとえば、小林旭さんがテレビ番組で、無名のころの撮影所でのエピソードを次のように語っていました。
〈香盤というスケジュール表があってね、そこに「出(で)」というはんこを押して出てくと、「おい、そこの通行人」ってやつの中に入るわけだ。〉(NHK BS2「日めくりタイムトラベル」2008.4.12 20:00 放送)
石原良純さんは、新人のころ、台本に事細かに書き込みをしていたそうです。
〈『西部警察』と『太陽にほえろ』の登場編の台本には、自分の出演シーンの香盤(こうばん)表や衣裳の詳細、物語の日替わりを示す赤線や、“力強く” “落ち着いて”なんて演技プランの書き込みが随所にある。〉(『週刊新潮』2006.12.28 p.74)
香炉の名前が出演スケジュール表の意味で使われるようになったのは、ちょっと考えると不思議な感じがします。でも、形をイメージすれば、理由はすぐ分かります。香炉の格子模様と、表のマス目が似ているからです。このたとえ方からして、出演スケジュール表の意味はかなり昔からあったと考えられます。
「香盤」には、まだいくつか意味があります。『三国 第六版』では、〈劇場の座席表〉の意味も入れました。昔の芝居小屋の座席は「升(ます)席」で、ちょうど、香炉の格子形のおおいにそっくりでした。いす席になった今でも、この意味が残っています。