『三省堂国語辞典 第六版』には、新規項目が連続して入っている部分がけっこうあります。たとえば、旧版の「トップコート」から「トップ染め」の間には、新たに「トップス」「トップスピン」そして「トップセールス」の3語が入っています。
このうち、くせ者は「トップセールス」です。英語の辞書にもなく、どうやら和製英語のようです。イギリスからの留学生に尋ねると、「知らないことばです。いちばんよく売れる商品のことでしょうか?」という答えでした。いいえ、はずれです。
第六版の編集作業でまず集まったのは、「首相などが、自らものを売りこむ」例でした。
〈昨年暮には、シュレーダー首相が直々に中国を訪問、江沢民国家主席ら中国要人にトップセールスを繰り広げた。〉(『文藝春秋』2003.4 p.175)
ところが、原稿を書きながら、「トップセールス」には第2の意味があると思いました。会社などで「売り上げが一番多い人」のこともそう言うはずです。ただ、その意味を載せている辞書は見当たらず、手元にも用例はありませんでした。
これはもどかしい状況です。ひとつの事実に気づいても、「そのはずだ」というだけで原稿を書くわけにはいきません。そこで、第2の意味の用例を探して、新聞や雑誌のページを繰りました。でも、欲しい用例は、そう都合よくは見つかりません。
インターネットで検索すると、売り上げトップの社員を「トップセールス」と言う例は、たしかに多く出てきます。とはいえ、インターネットの文章は、どういう人が書き、何人ぐらいがそれを読んでいるかが分からないため、不満が残ります。
結局、新聞各社の記事データベースで、「トップセールスを目指す新入社員」の話など、いくつかの用例を確認して、語釈の根拠としました。根拠は十分と考えましたが、自分で紙面を見て拾った用例でないことが、最後まで気になりました。
皮肉なことに、第六版の刊行後になって、この意味の「トップセールス」を多く拾うことができました。NHKの土曜ドラマでは、車のカリスマ販売員の女性を扱った「トップセールス」が放送されました(2008年4~5月)。ドラマになるくらいですから、『三国』にこの意味を載せたのは正解だったと、ようやく安心したのでした。