タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(48):Salter Standard No.6

筆者:
2019年1月10日
『Navy & Army Illustrated』1901年7月13日号
『Navy & Army Illustrated』1901年7月13日号

「Salter Standard No.6」は、ジョージ・ソルター社が1900年に発売したダウンストライク式タイプライターです。イギリスのウェスト・ブロムウィッチにあったジョージ・ソルター社は、元々はバネや重量計の会社だったのですが、フォーリー(James Samuel Foley)の設計により、タイプライターの製造・販売もおこなっていました。

「Salter Standard No.6」の特徴は、プラテンの手前に屹立した28本の活字棒(type bar)にあります。活字棒は、それぞれがキーに繋がっていて、キーを押すと、対応する活字棒がプラテンの上面に打ち下ろされます(ダウンストライク式)。プラテンの上面には紙とインクリボンが置かれていて、印字の瞬間には、インクリボンごと活字棒が打ち下ろされるのです。打ち下ろされた活字棒は、バネの力で元の位置に戻ります。すなわち、プラテンの上面で印字がおこなわれるので、キーボード中段右端の「RIB'N」キーでインクリボンを持ち上げれば、印字された文字が見えるのです。

活字棒の先には3種類の活字が埋め込まれていて、通常は小文字が印字されます。キーボード左端の「CAP」キーを押すと大文字が、「FIG」キーを押すと数字や記号が印字されます。「Salter Standard No.6」のキー配列は、いわゆるQWERTY配列で、キーボード上段は、小文字側にqwertyuiopが、大文字側にQWERTYUIOPが、記号側に1234567890が配置されています。キーボード中段は、左端に「CAP」キーがあって、小文字側にasdfghjklが、大文字側にASDFGHJKLが、記号側に%¼½£'¾/()が配置されており、右端に「RIB'N」キーがあります。キーボード下段は、左端に「FIG」キーがあって、小文字側にzxcvbnm,.が、大文字側にZXCVBNM,.が、記号側に@_&":!;?-が配置されています。コンマとピリオドが重複しているので、28キーで82種類の文字が打てるのです。

上の広告では「VISIBLE WRITING」を謳っているものの、「Salter Standard No.6」では、打った直後の文字はインクリボンに隠れて見えません。「RIB'N」キーでインクリボンを持ち上げるか、数文字ほど打ってインクリボンの左側に現れるのを待つか、いずれかの方法が必要でした。その意味で、「VISIBLE WRITING」を謳うには、微妙に不完全だったと言えるでしょう。一方、上の広告にある「PORTABLE, 1ft. Square」は事実で、幅・高さ・奥行きいずれも約30センチメートル、重さは13ポンド(約6キログラム)と、「Salter Standard No.6」は、当時のタイプライターとしては小型・軽量だったのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。