タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(67):Maskelyne Typewriter No.3

筆者:
2019年10月17日
『Phonetic Journal』1893年12月2日号
『Phonetic Journal』1893年12月2日号

「Maskelyne Typewriter No.3」は、1893年にロンドンのマスケリン・タイプライター&マニュファクチャリング社が発売したタイプライターです。同社を経営するマスケリン親子(John Nevil Maskelyne & John Nevil Maskelyne, Jr.)は、ピカデリーのエジプシャン・ホールを中心に奇術師として名声を馳せていましたが、同時に多くの発明もおこなっていました。「Maskelyne Typewriter No.3」は、彼らの発明品の一つだったのです。

「Maskelyne Typewriter No.3」の特徴は、グラスホッパー・アクションと呼ばれる印字機構と、プロポーショナル印字にあります。扇状に配置された32本の活字棒は、それぞれがキーに繋がっています。各キーを押すと、対応する活字棒がインク溜めを離れ、少し上方へと上がったあと、前方下方のプラテンへと伸びていって、プラテンの上に打ち下ろされます。活字棒の動作が、バッタが跳ぶような軌跡を描くことから、グラスホッパー・アクションと呼ばれているのです。活字棒の先には、それぞれ3つずつ活字が埋め込まれており、キーボード左下の「CAP」キーや「FIG」キーで、小文字・大文字・記号を打ち分けることができます。キーを離すと、活字棒はインク溜めへと戻っていきますが、この際、活字の幅に合わせて、プラテンが左へと動きます。活字の幅は、たとえば小文字の「m」と「e」と「i」が4:3:2になっています。つまり「mmm」と「eeee」と「iiiiii」が同じ幅になるよう、プラテンが移動することで、プロポーショナル印字を実現しているのです。また、キーボードの上段右端のキーと、下段左端のキーは、プラテンが移動せず、重ね打ちのためのアクセント記号が収録されています。これに加え、キーボード右横の「SPC」キーで、プラテンをほんの少し(小文字の「i」の半分幅)だけ戻せるようになっています。

「Maskelyne Typewriter No.3」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列です。キーボード上段は、小文字側にqwertyuiop'が、大文字側にQWERTYUIOP`が、記号側に1234567890^が並んでいます。中段は、小文字側にasdfghjkl-が、大文字側にASDFGHJKL.が、記号側に“”/$£_˚%()が並んでいます。下段は、小文字側に¨zxcvbnm,;:が、大文字側に~ZXCVBNM?!―が、記号側に¸¼½¾+=@&'*§が並んでいます。32個のキーに3字ずつ収録されているので、96種類の文字(うち6種類はアクセント記号)が打ち分けられるのです。

「Maskelyne Typewriter No.3」は、グラスホッパー・アクションとプロポーショナル印字によって、紙の上に美しい印字がどんどん並んでいくのがオペレータから見える、という素晴らしい特徴を持っていました。しかしながら、複雑な印字機構は、細かな調整が必要な上に故障しやすく、あまり実用的ではなかったようです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。