地域語の経済と社会 ―方言みやげ・グッズとその周辺―

第347回 井上史雄さん:方言コレクション Dialect collection

筆者:
2016年2月13日

この三省堂の方言シリーズエッセイでは,方言を経済的に活用する試みをたどってきました。実例は100年近く前からありました。戦前の方言絵はがきの桜井コレクション(第242回「名古屋の方言絵はがき Dialect picture postcards of Nagoya」第272回「方言絵はがき10万円 1000 dollars for dialect picture postcards」)が手に入り,インターネットで公開しました[注]。さらにその後もデータが増えました。大阪の絵はがきが圧倒的な多さです【図1】。

(画像はクリックで拡大)

【図1】大阪の方言絵はがき
【図1】大阪の方言絵はがき
【図2】『魅せる方言』の県別言及回数
【図2】『魅せる方言』の県別言及回数

戦後(2000年まで)の方言グッズ報告例は,グラフとして拙著に載せてあります。九州,近畿,中部,東北などで,国土の中央と辺縁で多く見つかりました。方言イメージで情的プラスの地域と一致します。

シリーズエッセイのエッセンスは,『魅せる方言』として刊行されました。索引から多くのことが読み取れます。県名(および旧国名)を地図にしてみました【図2】。ほぼすべての県から実例が集まりました。

つまり21世紀に入って,方言が日本全土で経済的に活用されるようになったわけです。方言そのもののイメージが全国で情的プラスに転じたと考えられます。

媒体も多様であることが分かりました。戦前・戦後は方言手ぬぐいのように観光客向けの買える方言が多かったのですが,平成になってからは,店名,施設名や方言メッセージのように買えない方言が目に付くようになりました。若者向けの娯楽ものが増えたことも注目されます。旅先で耳で方言を聞く機会が減ったのと反比例の形で,目で方言を見る機会が増えたわけです。

この方言シリーズエッセイは350回を迎えたところで休載になります。第1回の2008年6月から2016年3月まで8年間続きました。開始当初は,《5人で分担して,できれば全部を集める》という野望を持ちましたが,無謀でした。全国にこれほど多いと思いませんでした。またこの8年間に増え続けるとは予測できませんでした。

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筆者プロフィール

言語経済学研究会 The Society for Econolinguistics

井上史雄,大橋敦夫,田中宣廣,日高貢一郎,山下暁美(五十音順)の5名。日本各地また世界各国における言語の商業的利用や拡張活用について調査分析し,言語経済学の構築と理論発展を進めている。

(言語経済学や当研究会については,このシリーズの第1回後半部をご参照ください)

 

  • 井上 史雄(いのうえ・ふみお)

国立国語研究所客員教授。博士(文学)。専門は、社会言語学・方言学。研究テーマは、現代の「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値など。
履歴・業績 //www.tufs.ac.jp/ts/personal/inouef/
英語論文 //dictionary.sanseido-publ.co.jp/affil/person/inoue_fumio/ 
「新方言」の唱導とその一連の研究に対して、第13回金田一京助博士記念賞を受賞。著書に『日本語ウォッチング』(岩波新書)『変わる方言 動く標準語』(ちくま新書)、『日本語の値段』(大修館)、『言語楽さんぽ』『計量的方言区画』『社会方言学論考―新方言の基盤』『経済言語学論考 言語・方言・敬語の値打ち』(以上、明治書院)、『辞典〈新しい日本語〉』(共著、東洋書林)などがある。

『日本語ウォッチング』『経済言語学論考  言語・方言・敬語の値打ち』

編集部から

皆さんもどこかで見たことがあるであろう、方言の書かれた湯のみ茶碗やのれんや手ぬぐい……。方言もあまり聞かれなくなってきた(と多くの方が思っている)昨今、それらは味のあるもの、懐かしいにおいがするものとして受け取られているのではないでしょうか。

方言みやげやグッズから見えてくる、「地域語の経済と社会」とは。方言研究の第一線でご活躍中の先生方によるリレー連載です。