タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(68):Moya Visible No.2

筆者:
2019年10月31日
『Typewriter Topics』1907年6月号
『Typewriter Topics』1907年6月号

「Moya Visible No.2」は、レスター(イギリス)のモヤ・タイプライター社が、1905年に発売したタイプライターです。「Moya Visible No.2」の特徴は、タイプ・スリーブ(type sleeve)と呼ばれる金属製の活字円筒にあります。発明者のモヤ(Hidalgo Moya)は、「Crandall New Model」のタイプ・スリーブをヒントにして、「Moya Visible No.2」の印字機構を開発したようですが、シフト機構をタイプ・スリーブの上下移動ではなく、プラテンの上下移動として実装することで、印字精度をさらに高めています。なお、1907年に「Moya Visible No.2」は、上部パネルのデザインを少し変更したようですが、内部の印字機構は変わっていません。

「Moya Visible No.2」のタイプ・スリーブには、84個(14個×6列)の活字が埋め込まれています。このタイプ・スリーブが、回転しつつプラテンに向かって叩きつけられることで、プラテンに置かれた紙の前面に印字がおこなわれます。印字が紙の前面におこなわれるので、タイプ・スリーブのすぐ左側に、印字された文字が次々に見えてくる、という仕掛けになっているのです。84個の活字は、最上列とその次の列が数字と記号、真ん中の2列が大文字、下の2列が小文字になっています。通常は小文字が印字されるのですが、キーボード左端のシフト・キーを押すと、プラテンが持ち上がって大文字が印字されるようになります。シフト・キーをさらに押し込むと、プラテンがさらに持ち上がって数字や記号が印字されるようになります。

「Moya Visible No.2」のキーボードは、上の広告にも見えるとおり、いわゆるQWERTY配列です。キーボード上段は、小文字側にqwertyuiopが、大文字側にQWERTYUIOPが、記号側に1234567890が並んでいます。キーボード中段は、小文字側にasdfghjklが、大文字側にASDFGHJKLが、記号側に@/"%:&_()が並んでいます。キーボード下段は、小文字側にzxcvbnm,.が、大文字側にZXCVBNM?.が、記号側に¼!½¾£-';.が並んでいます。ピリオドがダブっているため、28個のキーに82種類の文字が並んでいるのです。

「Moya Visible No.2」の印字機構は、非常に精巧に設計されていたものの、印字速度が遅いという欠点がありました。モヤ・タイプライター社は、生産拠点をレスター郊外のノース・エヴィントンへと拡大し、タイプ・スリーブをさらに改良しつつも、新たな印字機構によるタイプライターを模索していったのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。