タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(69):M·A·P No.3

筆者:
2019年11月14日
『Typewriter Topics』1922年5月号
『Typewriter Topics』1922年5月号

「M·A·P No.3」は、マニュファクチュール・ダルム・ド・パリ社(Manufacture d'Armes de Paris)が、1922年にフランスで発売したタイプライターです。ルイ16世の処刑直後(1793年)に設立された「パリ造兵廠」(Manufacture d'Armes de Paris)と同じ社名ですが、マニュファクチュール・ダルム・ド・パリ社の設立は第1次世界大戦中の1915年7月で、これら2つの間には、特に関係は無いようです。

エリス(Halcolm Gordon Ellis)の設計による「M·A·P No.3」は、42キーのフロントストライク式タイプライターです。円弧状に配置された42本の活字棒(type arm)が、「L. C. Smith & Bros. Typewriter No.2」「Underwood Standard Typewriter No.5」に酷似しています。各キーを押すと、対応する活字棒が立ち上がって、プラテンの前面に置かれた紙の上にインクリボンごと叩きつけられ、紙の前面に印字がおこなわれます。インクリボンは黒赤の二色になっていて、フロントパネル右側(タブキーの上)のスイッチで、色を切り替えることができます。キーを離すと、活字棒とインクリボンは元の位置に戻り、紙の前面に印字された文字が、オペレータから直接見えるようになります。活字棒の先には、活字が2つずつ付いていて、通常の状態では小文字が印字されますが、シフトキー(キーボード最下段の左右端)を押すと、タイプバスケット全体が持ち上がって大文字が印字されるようになります。また、左のシフトキーのすぐ上にはシフトロックキーがあって、タイプバスケットを持ち上げたままにすることができるので、連続した大文字や数字を打つ際には便利です。

「M·A·P No.3」のキーボードは、いわゆるAZERTY配列です。キーボードの最上段は、左端にバックスペースキーがあって、大文字側に23456789&˚が、小文字側にé"'(-è_çà)が並んでおり、右端にタブキーがあります。その次の段は、大文字側にAZERTYUIOP¨が、小文字側にazertyuiop^が並んでいます。その次の段は、左端にシフトロックキーがあって、大文字側にQSDFGHJKLM%が、小文字側にqsdfghjklmùが並んでいます。最下段は、両端にシフトキーがあって、大文字側にWXCVBN?./§が、小文字側にwxcvbn,;:!が並んでいます。数字の「1」を大文字の「I」で、数字の「0」を大文字の「O」で、それぞれ代用することが想定されていて、数字が全て大文字側にあるのが特徴的です。

設計者のエリスは、実はニュージャージー州イーストオレンジ出身のアメリカ人だったのですが、「M·A·P No.3」はフランス国産のタイプライターとして、一世を風靡しました。上の広告に見えるのは、プラテン幅が24cmのモデルですが、その後に30cm幅、40cm幅、50cm幅のモデルを次々に発売し、マニュファクチュール・ダルム・ド・パリ社は、フランス国内のタイプライター需要を、一手に引き受けていくことになるのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。