結局、ウェスタン・エレクトリック社との技術提携は果たせたものの、谷村にとっては、多少、不本意な結果に終わりました。新興製作所の独占契約ではなかったのです。つまり、ウェスタン・エレクトリック社は、日本の他社との技術提携の余地も残しつつ、新興製作所と技術提携を結ぶことになりました。実際、沖電気工業も、ウェスタン・エレクトリック社と技術提携契約を結んでおり、1953年11月には「和欧文印刷電信機」を発表してきました。谷村も、うかうかしては、いられません。朝日新聞社とともに、次の目標である「漢字テレタイプ」を完成すべく、技術開発を進めていきました。
朝日新聞社は「漢字テレタイプ」においても、6穴の鑽孔テープを使って通信することを考えていました。そうすれば、既設の「和文印刷電信機」や「和欧文印刷電信機」と同じ電信路を、「漢字テレタイプ」にも流用できるからです。6穴の鑽孔テープでは、1列あたり26=64通りの鑽孔パターンしかなく、しかも削除「●●●●●●」(++++++)と無孔「○○○○○○」(------)は文字には使えないので、残り62種類の鑽孔パターンしか使えません。「和欧文印刷電信機」では、62種類の鑽孔パターンのうち42種類を文字に使い、残りのうち3種類を「3段シフト」に使うことで、最大42×3=126文字を実装可能でした。しかし「漢字テレタイプ」では、このやり方は難しそうでした。たとえば、62種類の鑽孔パターンのうち、31種類を文字に使い、残り31種類を「31段シフト」に使ったとしても、最大31×31=961文字しか実装できません。当用漢字1850字すら、半分ほどしか実装しきれないのです。
谷村たちは、多段シフトによって「漢字テレタイプ」を実現する方法をあきらめ、別の道を探ることにしました。具体的には、6穴の鑽孔テープ2列で1文字を表すやり方を、模索したのです。64種類の鑽孔パターンのうち、「×●●●××」あるいは「×○○○××」にあたる16種類を除いて、残る48種類を文字に使うことにすれば、鑽孔テープ2列で48×48=2304字を表現できます。「漢字テレタイプ」に収録する2304字は、朝日新聞社に選定してもらうことにして、さて、どんな送信機を設計すればいいのか。まさか、2304個もキーのあるタイプライターを作るわけにはいきません。試行錯誤の末、谷村は、192個のキーと、12個のボタンを持つキーボードを設計しました。
192個のキーには各々12字ずつが収録されていて、左手の12個のボタンでキー上の文字の位置を選びながら、右手でキーを押すというものです。これで、192×12=2304字が収録できる上に、鑽孔テープ2列で表現される文字コードとも、簡単に対応がつきます。キー配列の設計は朝日新聞社が担当し、それにしたがって文字コードが決まっていきました。
(谷村貞治(12)に続く)