●歌詞はこちら //lyrics.wikia.com/Minnie_Riperton:Lovin_You
曲のエピソード
ここ日本で最も人気の高い洋楽ナンバーのひとつで、作者はミニー・リパートン自身と夫のリチャード・J・ルドルフ。2000年に欧米でファストフード店とクレジットカード会社のCMソングに起用され、再び脚光を浴びた。女性の視点から愛する男性(この曲の場合は明らかに夫)への尽きせぬ思いを美しい言葉で綴った歌詞は、“詩”と呼ぶに相応しい。夫婦合作という事実から、ミニーと夫がどれほど深く愛し合っていたかがうかがい知れる。また、欧米ではさほど有名ではないが、日本ではレゲエ・シンガーのジャネット・ケイによるカヴァー・ヴァージョン(1991)も人気が高い。歌詞にはないが、曲の終盤でミニーがアドリブ風に歌う♪Maya, Maya… は、1974年に生まれたミニーの娘の名前。現在、彼女は女優として活躍中で、アメリカの人気TV番組『SATURDAY NIGHT LIVE』(エディ・マーフィーやダン・エイクロイドを輩出したバラエティ番組)にも出演している。
曲の要旨
貴方が魅力的だから愛さずにはいられない。貴方のお蔭で今まで見てきた景色がまるで違って見えるの。貴方と一緒にいると、本当に心地好いわ。そんな貴方とこれからも共に年齢を重ねていきていきたい。二人で身体を重ね合わせる時の気分ったら、それはもう…言葉では語り尽くせないほど――。
1975年の主な出来事
アメリカ: | ウォーターゲート事件の裁判で判決が下る。 |
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日本: | 沖縄県の本土復帰を記念する沖縄国際海洋博覧会が開幕。 |
世界: | イギリス保守党がマーガレット・サッチャー(同党初の女性党首)を選出。 |
1975年の主なヒット曲
Please Mr. Postman/カーペンターズ
You’re No Good/リンダ・ロンシュタッド
Have You Never Been Mellow/オリヴィア・ニュートン=ジョン
One Of These Nights/イーグルス
Fame/デイヴィッド・ボウイ
Lovin’ Youのキーワード&フレーズ
(a) beautiful
(b) makin’ love
(c) bring the colors
5オクターヴ以上の音域を持つとされるミニー・リパートン。その歌声はどこまでも透明で純真無垢。複数のシンガーがこの曲をカヴァーしているが、オリジナルを凌駕することは叶わない。たまたまFEN(現AFN)でこの曲を初めて聴いた筆者は、弾かれるようにレコード店へ行ってシングル盤を購入した(今でも大切に保管)。以来、年に何度かは無性に聴きたくなり、その度にシングル盤を詰め込んだ箱からゴソゴソと出してはターンテイブルに乗せる。日本盤のシングルのジャケット写真は、「Lovin’ You」が収録されたアルバム『PERFECT ANGEL』(1974)のそれと同じで、素肌にオーバーオールをまとったミニーが、手に持ったソフトクリームが溶けていることを意に介さずにニッコリと微笑んでいるというもの。恐らく撮影中にライトに照らされてどんどん溶けていったのだろうが、それもまた愛らしいミニーの笑顔に花を添えている。曲の印象と共に、ジャケット写真も忘れ難いほど印象的だ。
この曲には、難しい単語がまったくと言っていいほど出てこない。誰もが知っているシンプルな言葉を丁寧に紡いだ極上のラヴ・ソングである。が、言葉が単純であればあるほど、頭の中で日本語に変換したり、あるいは自分で訳してみたりしようとすると、これがなかなかピッタリの言葉が見つからない。(a) beautifulなんて、“ビューデフォー”などというヘンテコな発音のカタカナ語(?)にもなっているが、この曲のように愛する男性の形容詞としてその言葉を用いた場合、直訳の「美しい」ではしっくりこない。
“beautiful”にしてもそうだが、人物に対する形容詞として多用される“nice”、“good”、“sweet”などは、意外なほどピッタリの日本語が見つからない。「素敵」「良い」「甘い」を当てはめてみても、ピンとこない場合が多いから。そこで、辞書には載っていない意味を自分で引き出すことが必要となる。例えば――
○He’s nice.(あいつはいいヤツだ)
○She’s a good girl.(彼女は心根の優しい娘[こ]だ)
○My girlfriend is so sweet.(僕の彼女は僕を優しく包んでくれる人だ)
まあ、これは筆者が訳詞の際によく用いる「意訳」の一種だが、直訳ではなしに、読み手に伝わるような訳を心がけていると、自然にこうなる。
では、“beautiful”はどうか。「Lovin’ You」に倣って同じ意味のセンテンスを作ってみると――
○Lovin’ you is easy for me to do because you are beautiful.
直訳「貴方が美しいから、貴方を愛することは私にとって容易いことなの」。ううん…。これなら中学生でもできそう。意訳「貴方には抗い難い魅力が備わっているから、貴方を愛さずにはいられないの」――これでどうでしょう?
念のために辞書で“beautiful”を調べてみると、「美しい、立派な、上品な、優雅な、上流の、見事な、素敵な」といった意味が載っている。が、残念ながらそこには、「Lovin’ You」で歌われている”beautiful”の意味はない。では、筆者が常日頃から最も愛用している英英辞典のひとつ Collins COBUILD Advanced Learner’s English Dictionary (©2006/Fifth Edition)で“beautiful”の欄を見てみよう。
(1) A beautiful person is very attractive to look at.
これだ! 初っ端からじつに的を射た説明が施されているのである。“very attractive to look at(目に、非常に魅力的に映る)”の説明を見ただけで、“beautiful=魅力的”という意訳を引き出せる。訳詞/翻訳の作業の際、ピッタリとハマる日本語が見つからなくて悶々とすることがあるが、そういう時には、これまでせっせと買い集めた数十冊の英英辞典に救いを求めるわけだ。そしてたいていの場合、その悶々とした気持ちがスッキリと晴れる。先述の Collins COBUILD は、初版が出た当時も翻訳家の間で話題になったと聞いているが、姉妹本の Collins Thesaurus A-Z(©2005)も素晴らしい。ご参考までに、同書に載っている“beautiful”の類義語は――
Beautiful adjective ATTRACTIVE, pretty, lovely, stunning (informal), charming, tempting, pleasant, handsome, fetching, good-looking, gorgeous, fine, pleasing, fair, magnetic, delightful, cute, exquisite, . . . (以下略)
これまたいきなり“attractive”である。なのにどうして英和辞典の“beautiful”の項目には“魅力的”という意味がほとんど載っていないんだろう? 不思議と言えば不思議。ここでまた筆者は英英辞典にシビレる。“handsome”だって! “beautiful=handsome”という解釈を、一体どれぐらいの日本人が感じ取ることができるのだろうか? きっと「Lovin’ You」の“beautiful”には、“handsome”の意味合いも込められているに違いない。日本語の深みを極めたい方には、逆に英英辞典がオススメです。
私事で恐縮だが、教えている翻訳学校の生徒さんの多くが「訳しにくい」イディオムの筆頭に挙げるのが(b) makin’ love (make love=have sex)だ。中には、「抱く」という言葉でお茶を濁してしまう、という生徒さんも……。実際のところ、25年以上も訳詞の仕事をやってきた筆者自身も、このイディオムにピタリとハマる日本語をずっと探しあぐねている、というのが正直なところ。が、幸いにして日本語の表現は英語のそれに較べて豊かであるから、いろんな言葉を当てはめることができる。……ということに、この25年以上の間に気付いた。以下に、筆者が実際に“make love”をどう訳してきたかを列記してみる。
○身体と身体を重ね合う
○身体を重ね合わせて愛し合う
○あなた(君)とひとつになる
○一線を越える
○男と女の関係になる
○ベッドで愛し合う(←やや安直/ラップ・ナンバーなどで多用)
○生まれたままの姿で愛し合う
他にもあるが、手の内を明かすのはこれぐらいにして……。また、筆者は20代の頃から時代小説にドップリと浸かっているのだが、そこには“make love”を表すこんな美しい日本語が潜んでいた。
○(相手と)情を通じる
○(相手と)情を交わす
○(相手に)身体(※時代小説では「軀」の漢字があてられることが多い)を投げ出す
いつか、この日本語がピッタリとハマる歌詞に出逢ったら、ぜひ使ってみたいものだ。
ミニーは「私がしたいのは、貴方と make love することだけ」と歌っているが、それだと余りに即物的である。そこで捻り出したのが次の意訳。「私は貴方と身体を重ね合わせていられれば、それで幸せ」。
言葉がシンプルであるほど直訳すると意味不明になってしまう、というのは訳詞の世界ではよくあること。この曲でいうなら、(c)「貴方が運んできてくれる色の数々(the colors)」もそれに含まれる。愛する人が運んできてくれる色の数々って一体全体、何なのだろう?
筆者はその“the colors”を「景色」、「光景」と解釈した。英和辞典にはそんな意味は載っていない。注目したのは、定冠詞“the”と、“colors”が複数形になっている点。英和辞典では、“color”の複数形は「性格」、「立場」といった意味がある、としているが、それだとこの曲の歌詞がいわんとしていることとしっくりこない。「貴方が私に運んできてくれる(届けてくれる、もたらしてくれる)the colors は、唯一無二のもの」と歌っているから。となると、「性格」では的外れだし、「立場」ではそれこそ意味不明になってしまう。
そこでみなさんに思い出して頂きたいのは、これまでで最も胸が熱くなる恋愛を経験した時の気持ち。これまで普通に目にしてきた光景や、当たり前に接してきた様々なもの――花々でもいいし、食べ物でも何でも構いません――が、それまでとは違って見えた、違う味わいを感じさせてくれた、という経験はないだろうか? そう、ここの“the colors”は、まさにそれを暗喩しているのだった。複数形だから、じつに様々なものがそれまでとは違って見えたことだろう。ここを極端に意訳するなら、「貴方のおかげで人生がバラ色になった」といったところか。甘ったるい言い回しや単語がひとつも使われていないフレーズなのに、これほど思いの丈が詰まった愛の告白は滅多にないのでは、とさえ思う。
1976年、ミニーは乳ガンが発覚し、その年に片方の乳房を摘出する手術を受けた。その後、病状が思わしくなく、1979年に31歳の若さでこの世を去っている。近年、日本でも乳ガンに対する意識が高まっているので、最後に、乳房摘出手術後のミニーの言葉を記しておきたい。「コップに水が半分、入ってるとするでしょ。私はそれを“半分しか入っていない”と考えるのではなく、“まだ半分も水が残っている”と解釈するの」――もちろん、「水」は「乳房」の比喩。苦境にあってもなお、こんな風に前向きに物事を考えようとしたミニーに感服する。彼女は、どんな時も、自身の人生を彩った“the colors”の明るい側面を見ながら、31年の人生を全うしたのだろう。