歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第120回 It Never Rains In Southern California(1972/全米No.5)/アルバート・ハモンド(1944-)

2014年4月9日
「カリフォルニアの青い空」日本盤シングル

●歌詞はこちら
//www.metrolyrics.com/it-never-rains-in-southern-california-lyrics-albert-hammond.html

曲のエピソード

子供の頃、ラジオからよく流れていたこの曲を聴いていた頃、歌っているのはてっきりアメリカ人だと思っていた。後年、彼の出生を調べてみたところ、両親はジブラルタルの出身で、アルバートはロンドン生まれだということが判明。どうやら両親は第二次世界大戦の戦火を逃れるためにロンドンに移り住んだらしい。16歳の時に両親と共にジブラルタルに戻り、ロック・バンドを結成してヨーロッパ各地をツアーして回ったりバンドの解散後にメンバーのひとりとデュオを組んだりと、常に音楽活動を続けていた。

アルバートには曲作りの才能があり、ロンドンで作詞家のマイケル・ヘイゼルウッドと知り合ったことが彼に幸運をもたらした。そうして出来上がったのがこの「It Never Rains In Southern California(邦題:カリフォルニアの青い空)」である(ゴールド・ディスク認定)。また、1973年2月、日本のチャート誌『オリコン』で6週間にわたってNo.1の座に君臨したというのだから、この曲が如何に日本でも愛されたかが判ろうというもの。蛇足ながら、1990年代に活躍したR&Bバンドのトニ!トニ!トニ!(Tony! Toni! Tone!)のヒット曲「It Never Rains (In Southern California)」(1990/R&BチャートNo.1,全米No.34)は、(In Southern California)にカッコが付いているが、同名異曲である。もしかしたら、アルバートの曲との混同を避けるためにわざわざカッコを付けたのかも知れない。

これはアルバートが世に出るまでの自分史が部分的に投影された曲である。明るいメロディながら、歌詞はとても切ない。当時、“明日のスター”を目指していた人々の心を激しく揺さぶったのでは、と推察する。しかしながら、歌詞の内容を理解せずに聴いても、メロディがどこまでも耳に心地好い。

曲の要旨

目的もなく飛行機に飛び乗って西に飛んだ。もしかしたらTVや映画のスターになれるんじゃないか、って本気で自分に思い込ませながらね。南カリフォルニアでは決して雨が降らないとみんなが口々に言っているのを聞いたことがあるよ。そうは言っても、土砂降りになることだってあるんだよ。今の僕は失業中で、どうにかしちゃってるんだ。自尊心もお金もない。誰かに愛されたくてたまらないし、おまけに腹ペコなんだよ。故郷に帰りたいなあ。これでも(レコード会社からの)契約の誘いがいくつかあったんだけど、まだ契約先を選べないでいるんだ。故郷に帰ったら、今の僕の状態を黙っていてくれよ。僕のことをそっとしておいてくれないかな。

1972年の主な出来事

アメリカ: 6月17日にウォーターゲート事件が発覚。
日本: 浅間山荘事件が日本中を震撼させる。
  田中角栄首相が訪中し、日本と中国の国交が回復。
世界: 東ドイツと西ドイツの国交が正常化。

1972年の主なヒット曲

Without You/ネルソン
A Horse With No Name/アメリカ
Oh Girl/シャイ・ライツ
Black & White/スリー・ドッグ・ナイト
I Can See Clearly Now/ジョニー・ナッシュ

It Never Rains In Southern Californiaのキーワード&フレーズ

(a) TV breaks and movies
(b) be out of bread
(c) gimme a break

初めて耳にするのに、昔どこかで聴いたような記憶がうっすらと脳裏に浮かぶ曲にたまに出くわす。筆者にとってこの曲は、そうした既視感ならぬ既聴感(←造語です)を感じさせずにはおかない。大ヒットしたのは1972年のことだから、当時の筆者は9歳。当然ながら、歌詞の内容などまるで理解できなかった。ただ漠然と“カリフォルニアに憧れてる曲なのかな”と思っていたのだが、長じて歌詞をじっくり読んでみて、その内容の悲哀に驚いたものだ。実際、アルバートはヨーロッパ各地でバンド活動を行っていた際、新婚旅行中の弟に金を無心したという。アルバートは「父には絶対に内緒にしてくれ」と弟に懇願したのだが、弟はそのことを父親に打ち明けてしまった。察するに、アルバートの父は彼が音楽活動にのめり込むことに反対していたのではないだろうか。

(a)は当時のアルバートの心境が反映されているフレーズだと思う。「いつか必ずTVや映画に出演するスターになってやる」という気持ち。続くフレーズの♪Rang true … は、彼の耳の奥でその決意がこだまのように何度も鳴り続けたことを表しているようにも思える。

(b)は解釈がふたつに分かれるフレーズ。“bread”はもちろん「パン(食べ物の比喩)」だが、先述の弟とのエピソードを考えると、ここはスラングでの“money”を意味するのではないかと筆者は考えた。ここのフレーズを言い換えるなら、次のようになるのではないか、と。

♪I’m broke.
♪I have no money.

また、(b)はイディオムで「仕事にあぶれて」という意味もある。もしかしたらこちらの意味かも知れないが、「仕事にあぶれて一文無しなんだよ」というダブル・ミーニングなのでは、という気もしてきた。

(c)は日常会話でも頻繁に使われる決まり文句のようなもので、“Give me a break.(ひと休みさせてくれ)”のくだけた言い方。曲の要旨では「僕のことをそっとしておいて」と意訳したのだが、それは、その前に♪Don’t tell ‘em how you found me … というフレーズがあるから。この曲での(c)は「僕のことは放っておいてくれ」、「僕のことには構わないでくれ」というニュアンスにも聞こえる。

拙宅にあるこの曲の日本盤シングルのジャケ写は見開きになっており、歌詞の下に次のような文言がある。曰く“尚この曲のタイトルは、ラジオ関東(JORF)の「ワイド電話リクエスト」で募集され、決定したものです。」この素敵な邦題を付けたのがリスナーの方だったとは……。ラジオと音楽とリスナーが密接な関係にあった時代。

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。