人名用漢字の新字旧字

第23回「曽」と「曾」

筆者:
2008年11月6日

新字の「曽」は、平成16年2月23日の戸籍法施行規則改正で、人名用漢字になりました。旧字の「曾」は、平成16年9月27日の戸籍法施行規則改正で、人名用漢字になりました。つまり現在では、「曽」も「曾」も出生届に書いてOK。でも、「曽」が人名用漢字になるためには、最高裁判所の判断が必要だったのです。

平成15年2月27日、札幌家庭裁判所は、新字の「曽」を子供の名づけに含む追完届を受理するよう、札幌市厚別区長に命令しました。追完届って、ちょっと聞きなれない言葉ですね。出生届などにおいて、項目の中に未定あるいは不明の欄があった場合、それを後から届出るのが追完届と呼ばれるものです。この事件では、子供の名づけに「曽」を使いたい親が出生届を拒否されたので、やむをえず「名未定」で出生届を提出していました。その後、「曽良」という名前で追完届を提出したのですが、追完届が受理されなかったので、厚別区長を相手どって札幌家庭裁判所に不服を申立てたのです。不服申立において親側は、常用漢字の「僧」「増」「贈」「憎」「層」のつくりが「曽」である点を指摘し、さらに郵便番号簿から「曽」を含む地名を306ヶ所も抜き出して、「曽」が戸籍法で言う常用平易な文字だと主張しました。札幌家庭裁判所は、この親の訴えを認め、追完届を受理するよう厚別区長に命令したのです。

厚別区側は平成15年3月13日、札幌高等裁判所に即時抗告しました。平成15年6月18日、札幌高等裁判所は、厚別区長の抗告を棄却し、「曽」を含む追完届を受理するよう厚別区長に命令しました。これに対し厚別区側は、許可抗告を申立てました。札幌高等裁判所の判断は戸籍法の解釈において重大な誤りがある、というのが厚別区側の主張であり、しかも、 「凛」に関する福岡高等裁判所決定(平成14年10月31日)とも矛盾しているから、最高裁判所で白黒つけてほしい、というのです。厚別区側の許可抗告は受理され、「曽」をめぐる争いは、最高裁判所の許可抗告審に移りました。

平成15年12月25日、最高裁判所は、厚別区長の抗告を棄却しました。「曽」と「凛」は異なる文字なので個別に異なる判断がされるのは当然であり、しかも「曽」が人名用漢字に含まれていないのは戸籍法に照らして違法・無効である、と、最高裁判所は判断したのです。この決定を受けて、法制審議会は平成16年2月10日の総会で人名用漢字の見直しを決定、人名用漢字部会を発足させました。また、法務省は平成16年2月23日、戸籍法施行規則を改正し、新字の「曽」1字だけを人名用漢字に追加しました。

平成16年9月8日、法制審議会は、人名用漢字の 追加候補488字を答申しました。この488字の中に、旧字の「曾」が含まれていました。平成16年9月27日、戸籍法施行規則は改正され、これら追加候補488字は全て人名用漢字になりました。旧字の「曾」も人名用漢字になり、それ以降は「曽」も「曾」も出生届に書いてOKなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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