10分でわかるカタカナ語

第28回 モラトリアム

2005年12月8日

どういう意味?

ある状態を一時的に保ち続ける「猶予を与えること」、「一時停止」、「猶予期間」をさします。

もう少し詳しく教えて

モラトリアム(moratorium)は、「しばらくの間やめること」を意味します。政治・経済・金融などの分野では、戦争・恐慌・天災などの非常時に社会的混乱を避けるため法令により「金銭債務の支払いを一定期間猶予すること」をさします。核実験や原子力発電所設置、法案などに関しては、「一時停止」「一定期間の停止」「凍結」を意味します。発達心理学では、知的・肉体的には一人前に達していながら、なお社会人としての義務と責任の遂行を「猶予されている期間」、また、そういう心理状態に留まっている期間をさします。

どんな時に登場する言葉?

前述のように、本来は金融法律用語で、「支払い延期の」という意味の英語モラトリー(moratory)からきていますが、金融のみならず政治経済分野でも使われています。「原子力発電所のモラトリアム提言」、「死刑執行モラトリアム法案」、「GMO(遺伝子組み換え作物)の輸入モラトリアム」などのように用いられています。また、アメリカの精神分析医E=H=エリクソン(1902-1994)は、これを独自の概念を規定する言葉として用いました。この概念は心理学用語としても定着しているため、心理学に関係が深い精神医学・社会学領域をはじめ、教育やカウンセリングなどの分野でも彼の概念をさす言葉として用いられています。

どんな経緯でこの語を使うように?

1927(昭和2)年に起きた金融パニックに対して、政府が 2 日間の銀行業務停止命令と 3 週間のモラトリアムを発動したという新聞記事が見られます。しかし、この語が広く一般に使われるようになったのは、1977(昭和52)年に「中央公論」誌に掲載された「モラトリアム人間の時代」からでしょう。これは、当時慶応義塾大学助教授だった精神医学・心理学者の小此木啓吾(1930-2003)が発表したもので、これにより、「モラトリアム」という言葉は、学術用語を超え出て一般にも使われる流行語になりました。

モラトリアムの使い方を実例で教えて!

モラトリアム人間

「豊かな社会に育ち組織に属さない青年」を規定した小此木啓吾の造語で、現代人の特徴、特に現代の若者気質をあらわす言葉として一世を風靡しました。その後30年以上を経過した2000年4月8日のTV討論番組では、小此木自身が「モラトリアム」を「もともとは借金の先延ばしのことですが、心理学用語では義務・責任の先延ばしということ」と説明しています。

モラトリアム○○/○○モラトリアム

前述の「モラトリアム人間」をもじった表現で、「モラトリアム社員」「モラトリアム大学院生」「モラトリアム型フリーター」「長期化するモラトリアム社会」のような使い方がされています。「結婚モラトリアム」、「国籍モラトリアム」などという表現もあります。

モラトリアムを○○する

「核実験のモラトリアムを継続する」、「遺伝子組み換え食品の輸入モラトリアム宣言をする」、「1982年の第34回IWC総会では商業捕鯨モラトリアムが採択された」のような表現があります。

言い換えたい場合は?

文脈によって言い換える言葉が変わります。金融関係であれば「債務支払猶予」「支払い猶予期間」などの表現になります。法律関係であれば、「一時停止」「凍結」なども考えられます。心理学関連の場合、用語としての漢字表現は「猶予期」ですが、むしろ「モラトリアム」の方が通りやすいでしょう。どうしても言い換える場合は、「青年期に自己確立を達成するまでの猶予期間」とか「責任を先延ばしした心理状態」といった説明を加えた方がいいかもしれません。

雑学・うんちく・トリビアを教えて!

一口にモラトリアムといっても…… E=H=エリクソンが提唱した「モラトリアム」という概念は、発達心理学では基礎課程で勉強するものですが、エリクソン後、さまざまな学説が派生しています。小此木の「モラトリアム人間」もそのひとつです。「モラトリアム人間」は、「社会的責任を負った大人になるのをあえて踏み留まろうとする青年」「大人になるのを拒む青年心理」などの意味合いで、責任回避というマイナスイメージが前面に強く出ています。しかし、エリクソンは「モラトリアム」という概念そのものにそうしたことを強調したのではなく、むしろ「同一性拡散」(identity diffusion)という言葉で問題にしています。日本では一般に、小此木説の強い影響下で使われている言葉といっていいでしょう。

モラトリアムの理解度 国立国語学研究所の2003年掲載の情報によると、「モラトリアム」の理解度は国民の全体の25%未満です。

筆者プロフィール

三省堂編修所

編集部から

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