人名用漢字の新字旧字

第38回 「莱」と「萊」

筆者:
2009年7月2日

旧字の「」は人名用漢字なので、子供の名づけに使うことができます。新字の「莱」は、子供の名づけに使えません。旧字の「」は出生届に書いてOKですが、新字の「莱」はダメ。けれども本当は、新字の「莱」が、人名用漢字になれるはずだったのです。

平成12年12月8日、国語審議会は、表外漢字字体表を答申しました。表外漢字字体表は、常用漢字(および当時の人名用漢字)以外の漢字に対して、印刷に用いる字体のよりどころを示したもので、1022字の印刷標準字体が収録されていました。この中に、旧字の「」が含まれていました。印刷物には「莱」より「」を用いる方が望ましい、というのが、国語審議会の判断だったのです。

法制審議会のもと平成16年3月26日に発足した人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、文化庁が表外漢字字体表のためにおこなった漢字出現頻度数調査(平成12年3月)、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「莱」は、漢字出現頻度数調査の結果が2回でしたが、全国50法務局のうち16の管区で出生届を拒否されたことがあって、JIS X 0213の第1水準漢字だったので、人名用漢字の追加候補となりました。これに対し、旧字の「」は、出生届を拒否した法務局はなかったものの、出現頻度が428回でJIS第3水準漢字だったので、やはり追加候補になりました。

追加候補選定基準 漢字出現頻度数調査
200回以上 50~199回 1~49回
不受理の法務局数 11以上 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1・2水準
8~10 JIS第1~3水準 JIS第1・2水準 JIS第1水準
6~7 JIS第1~3水準 JIS第1水準 JIS第1水準
0~5 JIS第1・3水準 - -

ところが人名用漢字部会は、新字の「莱」と旧字の「」を一つにまとめる、という妙な審議方法を採りました。JIS第1水準と第3水準で、異体字関係にある人名用漢字の追加候補は、どちらか一つに候補を絞ることにしたのです。平成16年6月11日、人名用漢字部会は、578字の追加案を公開しましたが、そこには旧字の「」だけが収録されていました。新字の「莱」は、人名用漢字の追加候補から外されてしまったのです。表外漢字字体表の印刷標準字体に気がねした人名用漢字部会は、全国16管区で拒否された「莱」の出生届を、結果的に無視したのです。

平成16年9月8日、法制審議会は人名用漢字の追加候補488字を、法務大臣に答申しました。この488字の中に、旧字の「」は含まれていましたが、新字の「莱」は含まれていませんでした。3週間後の9月27日、戸籍法施行規則は改正され、これら追加候補488字は全て人名用漢字になりました。旧字の「」は人名用漢字になりましたが、新字の「莱」は人名用漢字になれませんでした。それが現在も続いていて、旧字の「」は出生届に書いてOKですが、新字の「莱」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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