人名用漢字の新字旧字

第5回「渚」と「渚」

筆者:
2008年2月21日

【編集部注】今回の記事には「渚」の旧字(者の中に点がある)が登場しますが,環境によってはブラウザで正しく表示されません。JIS X 0213対応フォントが搭載されている Windows Vista や Mac OS X は表示できますが,Windows XP だとパッチが必要です。フォントが搭載されてない場合は,中黒の「・」や「?」が表示されます。また,本文最初の文のカッコ内は,韓国のGulimCheフォントが搭載されていれば表示できるようにしてあります。Windows では表示できますが,Mac OS だと(者の中に点がない)「渚」として表示されます。ご承知おきください。

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新字の「渚」と、旧字の「渚」(者の中に点がある「」)は、どちらも人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。つまり、新字の「渚」も旧字の「渚」も、どちらも出生届に書いてOK。ちなみに、者の中に点のない「渚」と、点のある「渚」は、実は新字旧字の関係ではないのですが、ここではあえて、者の中に点のない「渚」を新字、点のある「渚」を旧字と呼ぶことにしましょう。というのも人名用漢字としては、旧字の「渚」の方が、ちょっとだけ歴史が長いのです。

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当用漢字1850字と人名用漢字92字では子供の名づけに足りない、という国民の声を受けて、法務省民事局は昭和50年7月、子供の名づけに使える漢字として追加すべきものを、全国の市区町村を対象に調査しました。さらに法務省民事局は、法務大臣の私的諮問機関として、人名用漢字問題懇談会を発足させ、人名用漢字に新たに28字を追加すべきだ、という結論を得ました(昭和51年5月25日)。この28字の中に、旧字の「渚」が含まれていたのです。
人名用漢字問題懇談会の追加案28字に対し、国語審議会は昭和51年7月2日の総会で、国語審議会としての態度をどうすべきか議論しました。そもそも人名用漢字は国語審議会のナワバリで、「龍」などの人名用漢字別表92字も、国語審議会の建議をもとに内閣告示(昭和26年5月25日)されたものでした。ですから今回の追加案28字も、国語審議会の承認がなければ人名用漢字に追加できない、と考えられたのです。しかし、国語審議会の態度は煮え切らないものでした。追加案28字に対して、国語審議会として特に反対はしないが、さりとて積極的に決議をおこなったりするわけでもない、という態度を取ったのです。困った法務省は、結局、法務大臣と文部大臣の共同請議という形で、7月27日の定例閣議に、この28字を持ち込みました。そして昭和51年7月30日、この28字は、人名用漢字追加表として内閣告示されました。人名用漢字別表92字を変更することなく、全く別の表として人名用漢字追加表28字は告示され、合わせて人名用漢字は120字になりました。

昭和51年7月30日に内閣告示された人名用漢字追加表には、旧字の「渚」が収録されていましたが、新字の「渚」はありませんでした。これに対し、法務省民事局は3週間後の8月20日、旧字の「渚」だけでなく、新字の「渚」も子供の名づけに認める旨を、全国の市区町村に通知しました。さらに、5年後の昭和56年10月1日には戸籍法施行規則を改正し、人名用漢字別表や人名用漢字追加表の漢字を、全て戸籍法施行規則の中に盛り込みました。この時に、新字の「渚」も旧字の「渚」も、両方とも戸籍法施行規則に収録したのです。この結果、現在に至っても、新字の「渚」と旧字の「渚」の両方が、子供の名づけに使えるのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター准教授。京都大学博士(工学)。JIS X 0213の制定および改正で委員を務め、その際に人名用漢字の新字旧字を徹底調査するハメになった。著書に『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字コードの世界』(東京電機大学出版局)、『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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