今週のことわざ

鶏鳴(けいめい)狗盗(くとう)

2008年3月24日

出典

史記(しき)・猛嘗君(もうしょうくん)列伝

意味

立派な人とは言えぬ、ただ器用な才能の持ち主をいう。「鶏鳴」は、鶏の鳴きまねのうまい者。「狗盗(くとう)」は、犬のように人の家に忍び込むのが上手な者を指す。いろいろな才能のある者を部下にもっている必要があるという意味にも、どんなつまらぬ人間でも養っておけば、その才能を生かして役に立つことがあるという場合にも用いることがある。

原文

最下坐有能為狗盗。曰、臣能得狐白裘。及夜為狗、以入秦宮蔵中、取献狐白裘至。……猛嘗君恐追至。客之居下坐者、有能為雞鳴、而雞斉鳴。遂発伝出。
〔最下の坐(ざ)に能(よ)く狗盗(くとう)を為(な)す者有り。曰(いわ)く、臣能く狐白裘(こはくきゅう)を得ん、と。及(すなわ)ち夜、狗と為り、以(もっ)て秦宮(しんきゅう)の蔵中に入り、献ぜじ所の狐白裘を取りて至る。……猛嘗君(もうしょうくん)追うものの至らんことを恐る。客の下坐に居(お)る者、能く雞鳴(けいめい)を為すもの有り、而(しこう)して雞斉(ひとし)く鳴く。遂(つい)に伝(でん)を発して出(い)ず。〕

訳文

(戦国(せんごく)時代、斉(せい)の猛嘗君(もうしょうくん)《=田文(でんぶん)》は、一芸のある者ならだれでも食客として養っていた。のちに猛嘗君は、秦(しん)の昭王(しょうおう)の謀略によって捕らえられ、殺されそうになった。猛嘗君は昭王の寵姫(ちょうき)に救いを求めると、寵姫は猛嘗君の持っている天下第一の白い狐(きつね)の皮衣をその代償として要求した。ところが猛嘗君はすでにそれを昭王に献上していた。困った猛嘗君が食客に相談すると、)食客の中の下っ端にこそ泥がいて、「わたしが狐の皮衣を取り戻してきましょう。」と言い、夜になると犬のように秦王の御殿に忍び込んで、蔵の中から、皮衣を盗み出してきた。(それを昭王の寵姫に贈ると、彼女のとりなしで、昭王は彼を釈放してくれた。猛嘗君は急いで秦の都を出て、夜中に函谷関(かんこくかん)まで来たが、関所は夜明けの一番鶏(いちばんどり)が鳴くまで開かない規則になっていた。)猛嘗君は、(昭王の気が変わって、)追っ手が来るのではないかと恐れ、食客たちに相談すると、末席にいた食客で、鶏の鳴きまねの上手な者がいて、鶏の声をまねして鳴いて見せた。するとそこら中の鶏が鳴き出し、(関所の者は夜明けになったと思い関門を開いた。)そこで猛嘗君は通行手形を見せ、やっと宿次(しゅくつぎ)の馬を出して脱出することができた。

解説

戦国(せんごく)時代、高位の者は、私費をもって才能有る者を召し抱え、自分の側近・参謀・手兵などにしていた。これを食客(しょっかく)・賓客(ひんかく)という。猛嘗君(もうしょうくん)は、食客数千といわれるほど、多くの人々を召し抱えていた。初めは、こそ泥や、鳴きまねのうまい者などは召し抱える必要がないと言っていた人たちも、このことがあってから、猛嘗君のやり方に承服するようになったといわれる。

筆者プロフィール

三省堂辞書編集部