三省堂国語辞典のすすめ

その10 すざまじく、ことばは揺れる。

筆者:
2008年4月9日
【ジッカイ?ジュッカイ?】

【ジッカイ?ジュッカイ?】

ことばには正しい形がひとつだけあって、ほかは間違いだと考える人があります。でも、実際にはそう厳密に決められないものです。たとえば、「十回」は「ジッカイ」か「ジュッカイ」か、よく論争になります。「ジッ―」がより古いのですが、今や「ジュッ―」が多数派であり、現代語の辞書としては、どちらの形も無視するわけにはいきません。

『三省堂国語辞典』では、こうした「ことばのゆれ」にも広く目配りしています。耳慣れない発音を聞いたとき、その人だけの言い誤りなのか、それとも、そう発音する人がある程度いるのか、知りたくなることがあります。『三国』はその疑問に答えます。

国会中継を聞いていると、「すざまじい」という言い方が出てきました。

〈世界の森林がすざまじい速さで消失している現実を考えるとき、〉(NHK「国会中継 参議院本会議 代表質問」2008.1.23 13:00)

これは、ふつう「すさまじい」と言うところです。実際、議事録では「すさまじい」に直されていました。いったい、「すざまじい」なんていう言い方はあるのでしょうか。

『三国』で「すさまじい」を引いてみると、別の形として〈すさましい。すざましい。すざまじい。〉が示してあります。これらは、すべて確実な用例に基づいたもので、「すさまじい」にいろいろな形があることが分かります。このような部分をていねいに記述するのは、『三国』の腕の見せどころです。

「すさましい」は、ちょっと古めの言い方です。「すざましい」は、たとえば次のような用例があります。

〈〔外国人俳優が〕全編日本語でしゃべられてね、すざましい役者魂ですね。〉〔藤竜也〕(NHK「スタジオパークからこんにちは」2005.11.4 13:05)

ここに示した用例は、比較的最近のものですが、「すさまじい」にいろいろな形を載せているのは、『三国』の第三版(1982年)以来のことです。当時も今も、「すさまじい」は複数の語形を持っていることが分かります。

【「すざまじい」の見坊カード 1967.5】
【「すざまじい」の見坊カード 1967.5】
【「凄ましい」の見坊カード 1966.6】
【「凄ましい」の見坊カード 1966.6】

私たちが辞書を引くときは、ひとつの答えだけを求めようとしがちです。でも、『三国』では、広く用いられる語形が複数あると認められる場合は、つとめて掲げるようにしています。『三国』のふところの広さを感じてください。

筆者プロフィール

飯間 浩明 ( いいま・ひろあき)

早稲田大学非常勤講師。『三省堂国語辞典』編集委員。 早稲田大学文学研究科博士課程単位取得。専門は日本語学。古代から現代に至る日本語の語彙について研究を行う。NHK教育テレビ「わかる国語 読み書きのツボ」では番組委員として構成に関わる。著書に『遊ぶ日本語 不思議な日本語』(岩波書店)、『NHKわかる国語 読み書きのツボ』(監修・本文執筆、MCプレス)、『非論理的な人のための 論理的な文章の書き方入門』(ディスカヴァー21)がある。

URL:ことばをめぐるひとりごと(//www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/kotoba0.htm)

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編集部から

生活にぴったり寄りそう現代語辞典として定評のある『三省堂国語辞典 第六版』が発売され(※現在は第七版が発売中)、各方面のメディアで取り上げていただいております。その魅力をもっとお伝えしたい、そういう思いから、編集委員の飯間先生に「『三省堂国語辞典』のすすめ」というテーマで書いていただいております。