日本語社会 のぞきキャラくり

第10回 遊びならOKでおじゃる

筆者:
2008年10月26日
【『平安貴族』キャラ?】
『全訳読解古語辞典 第三版』挿画より
(伴大納言絵詞)

キャラクタが一貫していないのはみっともない。だが、「遊び」の文脈ではキャラクタの変化ははずかしいことではない。何しろ「遊び」なのだから。

たとえば、少なくともいまこの原稿を書いている時点で、インターネットには「拙者ドライブに行ってきたでござる」という書き込みが存在している。「拙者」「でござる」ということばから感じられるのは『侍』キャラだが、この書き手が日常生活の全てを『侍』キャラで通しているわけではないだろう。だいたい、ドライブに行く段階で『侍』キャラは破綻している。つまり、この書き込みに見られる『侍』キャラは一時的に発動されたもので、もとのキャラクタから切り替えられたものである。だが、「遊び」だからいいのでござる。

インターネットには「まろ」「でおじゃる」などと、『平安貴族』キャラ(あるいはそれをモデルとしたアニメの主人公『おじゃる丸』キャラ)が発動されている例も珍しくない。これらを書いている人たちが日常ずっと『平安貴族』キャラで通しているわけではなく、『平安貴族』キャラは臨時的に発動されたもの、つまりもとのキャラクタから切り替えられたものである。だが、構わぬ。「遊び」でおじゃる。

この連載の開始直前に赤塚不二夫氏が亡くなられたため、急遽第1回で取り上げることになった「ミーは金持ちざんす」「オレと結婚しろニャロメ!!」などのことばを、ここでもう一度考えてみよう。私たちが突然、日頃のキャラをかなぐり捨てて「ミーはこれから授業ざんす」などと言う、『イヤミ』キャラへの鞍替え、いや「キャラ変え」は、冗談つまり「遊び」としてならアリだ。だが、マンガの中でイヤミが「ミーは金持ちざんす」と言うべきところで突然「オレは金持ちだニャロメ!!」などと言い出して『ニャロメ』キャラへキャラ変え、というのはナシだろう。イヤミが「ミーは金持ちざんす」などとしゃべるのは、「遊び」などではないからである。

このような「遊びとしてのキャラ変え」は、最近始まったことばの乱れ、というようなものではない。私たちは昔から、こういうことをずっとやってきたと言える。

たとえば檀一雄『火宅の人』(1961-1975)には、主人公(私)の愛人が、ふだんは「どう? 魅力的でしょう?」などと言っているのに、突然アグラを組み、両腿(りょうもも)をたたいて「おい? いつオレをヨメに貰(もら)ってくれんだよ?」と、『ヤクザ』キャラを発動させて結婚を迫るという場面が出てくる。現代の認識とは必ずしも合わないが、これは心の焦燥を「ユーモアで実演」したものとされている。つまり「遊び」というわけである。

太宰治の戯曲「春の枯葉」(1946)には、若い男女が会話の中で突然、「あなたの兄さんは、まじめじゃからのう」「あなたの奥さんだって、まじめじゃからのう」と、『老人』キャラを発動させて嘆息してみせ合う場面がある。これも「遊び」だからいいのである。

流ちょうな共通語で絨毯を売っていた外国人の商人が、客との値段交渉が行き詰まると「そんな冷たいこと、言わんといて」と関西弁になり、『大阪商人』キャラを発動させるのも(第5回)、笑いを誘い、場をなごませることを狙った、つまり「遊び」の要素を含んだ発言だからアリなのである。(ああ、やっと書けた。)

え、平安貴族は本当に「おじゃる」と言っていたのか、ですか? えーと、それはまた後の回で述べるということにさせてください。(絨毯屋が終わったと思ったら、また持ち越しだ。。。)

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。