明解PISA大事典

第1回 PISA 二十一世紀之怪物 ぴざ

筆者:
2009年5月8日

“PISA”という怪物が日本の教育界をバッコしている。

“PISA”の順位が落ちたために、学力低下が叫ばれ、「ゆとり教育」ではダメだとされた。“PISA”を強く意識して学習指導要領が改訂され、全国学テの問題がつくられた。どこでもかしこでも“PISA型学力”という、わけのわからぬものに取り組まねばならなくなった。すべて“PISA”が発端である。たいへんな破壊力だ。

では、“PISA”とはなにか?

PISAとはProgramme for International Student Assessment(生徒の学習到達度調査)のこと。OECD(経済協力開発機構)が2000年から3年毎に実施している国際テストである。対象は義務教育を終えたあたりの生徒。日本では高校1年生が受ける。科目は数学・読解・科学の3つ。問題解決という科目が加えられたこともあった(2003年調査)。

この国際テストで順位を落としたことがすべての元凶である。ただ、順位を落としたといってもビリになったわけではない。57カ国が参加した2006年調査の順位は数学10位、読解15位、科学5位。良くもないが悪いというほどではない。

ところで、なぜOECDなのだろう?

OECDとは経済協力開発機構。読んで字のごとく経済専門の国際機関である。教育とはあまり関係なさそうだ。それなのになぜOECDが国際テストをやるのか?

これについて「教育・人材養成は労働市場や社会、経済と密接に関連していることから、OECDは幼児教育から成人教育までの広い範囲で、将来を見据えた教育政策のあり方を提言」「近年では経済のグローバル化とともに、世界各国の教育を共通の枠組みに基づいて比較する必要性」というような説明がなされている(1)

つまり経済の“グローバル化”が背景にある。経済が“グローバル化”すれば日本製品が世界中で売れるように、日本人も世界中で働ける。こうなると製品の国際規格を統一すると便利なように、人材の国際規格も統一したほうが便利だ。“PISA”は各国の人材が国際規格に適合しているかどうかを測定するテストということか。

もちろん「人材の国際規格」などという露悪的な言葉を使う必要はない。むしろ「世界のどこにいっても通用する能力」といったほうが適切だろう。日本の教育の追求してきた学力とはちょっとズレるような感じはあるが、これからの世界を生き抜いていくためには必要な能力であるに違いない。

ちなみに「PISA」は「ぴさ」ではなく「ぴざ」と読む。なぜ「ぴざ」なのかというと、国際会議でそういうのが普通だからだそうだ(2)

これは「PISA」の英語読みが「ピザ」であることに由来する。たとえば斜塔で有名なイタリアの都市PISAはイタリア語読みならば「ピサ」だが、英語読みだと「ピザ」になる。なぜ「PISA」というつづりでSが濁るのかと思うかもしれないが、「VISAカード」を「びざカード」と読んでいることを考えれば納得できるのではないか。

ただ、「PISA」を「ぴざ」と読むのは日本独特の生真面目な原音主義によるもので、ほかの国はけっこう勝手な読みかたをしている。たとえばPISAでいちやく有名になったフィンランドではフィンランド語の発音法則に従って「ぴさ」と読んでいるのである。

かくのごとく、この連載ではPISAという怪物について、特にその読解力について、虚像を排しつつ実像を探っていくことにしたい。

* * *

(1)『生きるための知識と技能3』OECD生徒の学習到達度調査(PISA)・2006年調査国際結果報告書 p002/国立教育政策研究所編/ぎょうせい 2007年

(2)有元秀文国立教育政策研究所総括研究官のウェブサイト(//www.nier.go.jp/arimoto/index.html)の「よくある質問」より

筆者プロフィール

北川 達夫 ( きたがわ・たつお)

教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
5月11日発売の『週刊 東洋経済』(5/16号)から、「わかりあえない時代の『対話力』入門」が連載開始。

編集部から

学習指導要領の改訂に大きく影響したPISAってなに?
PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
現代の教育観は変わってきたのか。変わってきたとしたら、そこにどんな経緯があるのか。
国際的に活躍する教材作家である北川達夫先生がやさしく解説する連載「明解PISA大事典」がスタートしました。金曜日の掲載を予定しております。乞うご期待。