日本語社会 のぞきキャラくり

第72回 キャラクタの「年」(5)

筆者:
2010年1月10日

キャラクタの「年」を4類に分け、そのうち『老人』(第69回)と『幼児』(第70回第71回)を紹介した。残る2つの類は『若者』と『年輩』である。これらは『老人』と『幼児』の間に位置する。

『若者』は、たとえば「気持ち悪いがかわいい」という意味で「キモカワ」、「半端でなく(すごい)」という意味で「パねえ」といった、いわゆる「若者言葉」をしゃべる。現実の若者は、「『キモカワ』『パねえ』って何それもう古いよ。今は――」という若者から「若者言葉など知らない。しゃべらない」という若者までさまざまだが、イメージとしての『若者』はいわゆる若者言葉をしゃべることになっている。

但し、助動詞がどう、間投助詞がどうといった、より文法的な面に目を転じると、『若者』特有のしゃべり方と呼べるものは案外少ない。たとえば「弁護士がよぉ、財産をよぉ、…」という、「戻し付きの末尾上げ」イントネーションで発せられる間投助詞「よぉ」(第67回)は、一見したところでは『若者』のしゃべり方と思えるが、よく考えてみると『若者』のしゃべり方とは言えない。これは『下品』なしゃべり方でしかない。年配でも品が悪ければ言うし、若くても上品なら言わない。

だが、『若者』に特徴的なものがまったく見られないわけではない。その一つは、形容詞否定形を上昇調イントネーションで発することである。たとえば、或る食べ物の味について、からいと思っている話し手が、「これ、からくない?」などと形容詞(「からい」)の否定形(「からくない」)で仲間に同意を求める場合を考えてみよう。この場合、「からくない」全体を上昇調でしゃべる、つまり最も低い声で「か」と言った後、少し高く「ら」、もっと高く「く」、さらに高く「な」、そして最も高く「い」と言うのは『若者』である。

とはいっても、このイントネーションは実はそれほど「若者」的なものではない。たとえば「行かない?」あるいは「行きません?」などと動詞否定形で相手を誘って同意を求める際に、動詞否定形を上昇調イントネーションで発するというしゃべり方が昔からある。『若者』の「からくない?」は、若年層の耳障りなしゃべり方として世の大人たちから叩かれているが、大人たちが動詞否定形で同意を求める時のしゃべり方をそっくり踏襲し、それを形容詞否定形で同意を求める時にも当てはめただけのものである。

『若者』のうち『女』、つまり『娘』に話を限定すると、特徴的な発音がさらに観察できる。小動物や子供を見て「いゅーん、くゎゅぃぃ」(いやーん、かわいいー)などと鼻を鳴らして身もだえするのは『娘』だけである。いったいこれは何だろう。かわいくしゃべろうとして『幼児』をまねるというのならよくわかるが、『幼児』はこんなしゃべり方はしない。『幼児』のかわいさを突き詰めていくと最終的にこうなるのか、あるいは『幼児』とはまったく別のものなのか、とにかくそういう言い方である。

『老人』と『若者』の間には『年輩』がある。『年輩』は「ドロンする」(消える)他のいわゆる「オヤジ言葉」を発するが、文法や発音の面で『年輩』特有のしゃべり方と呼べるものはなかなか見つからない。偉そうな言い方や媚びへつらった言い方とは、結局のところ『目上』や『目下』のしゃべり方、つまり「格」に応じたしゃべり方であり、「年」に応じたしゃべり方ではない。『老人』と『幼児』の間の年代は、「年」よりも「品」「格」「性」が大きな意味を持つと言えるかもしれない。

ここしばらく(第57回~)、発話キャラクタを「品」「格」「性」「年」の観点から述べてきた。わかりやすさを心がけたつもりだが、おそらく読者の中にはさまざまな疑問が生じているだろう。予想される疑問に答える形で、発話キャラクタのあり方について、さらに説明を補いたい。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。