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明解PISA大事典:クリティカルリーディングと知識

2010年 2月 12日 金曜日 筆者: 北川 達夫

第32回 分離・融合方式のフィンランド

 いわゆるPISA型の読解力――実質的には欧米型の読解力を習得させようとするとき、特に小学生が相手の場合は、ナマの文学素材を用いるとやりにくいことが多い。児童文学であっても文学史に残るような格調の高いものとなると、本当にやりにくいことが多い。作者の深遠にして高邁なる思想を理解したり、その作品の生まれた背景を押さえたりするなどしておかないと、いわゆるPISA型の授業――作品を読んで、児童・生徒がああだこうだと意見を言い合うような授業をしたところで、素頓狂な解釈や非常識な意見の飛び交う、悲惨なものにしかならないからだ。

 この問題について、フィンランドの国語教科書(正式な教科名は『母語と文学』)は面白い解決策をとった(1)。基礎学校の5年生までは(2)、ナマの文学素材については鑑賞に徹する。読解力の養成には、それ用に書き下ろした素材文を使うこととしたのである。

 たとえば、私の翻訳した「フィンランド国語教科書シリーズ」(3)の大半を占める素材文、ラミやユッシやサーラなど少年少女の活躍する物語は、すべて読解力養成用(もちろん語彙力などほかの用途もあるが…)に特別に書き下ろされたものなのだ。これらの物語を書き下ろしたのは、フィンランドの高名な児童文学作家であるカリ・レヴォラさん(4)。教科書編集に携わる先生たち(すべて現役の小学校の先生)から、書く前に大量の注文を出され、書いたあとも大量の修正を入れられながらの執筆だったという。

 読解力養成用に書き下ろした素材文であれば、読解に必要とされる知識の分量をコントロールすることができる。実際のところ、私の翻訳した「フィンランド国語教科書シリーズ」においても、小学校4年生くらいまでは、子どもたちの日常的な知識や経験だけで対処できるか、あるいは他の教科で学んだことを利用できるように工夫されている。

 たとえば、第17回から4回(⇒第18回第19回第20回)にわたって紹介した「ちょうど35キロ」の物語では、「どのようにして体重をちょうど35キロにするか?(それによって賞品をゲットするか?)」という問題があり、それに対する「レモネード1.5リットルを飲む(ことによって体重をちょうど35キロにする)」という解決例が提示されていた。ここで求められているのは、第一に解決例を評価すること、第二に(解決例の評価を踏まえて)他の「よりよい解決策」を考案すること。以上の作業において、必要とされる知識といえば「レモネードを1.5リットル飲むと、なぜ体重は1.5キロ重くなるのか?」くらいのもの。特別な知識は必要ない。体重をちょうど35キロにする方法について、日常的な知識と経験をもとにして自由に考えればよいのである。

 もちろん、子どもの日常的な知識と経験だけを頼りにするだけではなく、新たな知識を全員で共有したうえで読解を進める場合もある。たとえば、体重をちょうど35キロにする方法について、食物や飲物を体内に入れれば、その重量がそのまま体重に反映されると思われがちであるが、これは必ずしもそうとはいえないようだ。

 テレビ朝日の「お試しかっ!」という深夜番組では、ときどき「体重をちょうど○キロ増やす」という企画をやっている。タレントがレストランなどを巡って、あれこれ食べながら体重を増やしていくのであるが、少なくとも番組を見るかぎり、たとえば焼肉をちょうど1キロ食べたとしても、体重が1キロ増えるということは絶対にない。場合によっては、食べる前よりも体重が減っていることさえある。番組に登場する専門家によれば、食べている最中にも刻々と新陳代謝が進んでいるためであるという。この知識を全員で共有した上で「ちょうど35キロ」をやるならば、「食物や飲物で体重を増やす」という解決策は「体重を正確に増やすのは難しい」と評価されることになるだろう。

 こうして4年生くらいまでは、専用の素材文をクリティカルに読めるように徹底的に訓練される。そして5年生くらいから、専用の素材文による訓練と並行して、レトリックや文学史について学びつつ、ナマの文学素材をクリティカルに読むための訓練が始まる。最初は分離していたものを、徐々に融合させていくのである。

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(1) この方法は、フィンランドの教科書出版社WSOY教科書出版部門(WSOY Oppimateriaalit)が始めたもの。フィンランドの国語教科書市場はWSOY、Tammi、Otavaの3社の寡占状態にあるが、WSOYはフィンランドの最古にして最大の出版社である。1980年代半ば以降、国語教科書については、WSOYが「新しい国語教育のかたち」を示し、TammiとOtavaがそれに追随する(マネする?)という状況が続いている。ちなみに、WSOYの「WS」とは創業者ヴェルネル・ソーデルストローム(Werner Soderstrom)の頭文字であり、「OY」とは「株式会社」を意味する略語である。よく「『WSOY』と書いて何と読むのか?」と聞かれるが、フィンランド語読みならば「ヴェーエスオーユー」が正しい。もちろん、英語読みの「ダブリューエスオーワイ」でも通じる。
(2) フィンランドの学習指導要領(Opetussuunitelman perusteet)では、国語教育を1~2年/3~5年/6~9年の3ブロックに分けて到達目標を設定している。
(3) 『フィンランド国語教科書』(3~5年生用)メルヴィ・バレ他著/北川達夫訳/経済界 2005 ~ 2008年
(4) Kari Levola。プロフィールについては『フィンランド国語教科書小学3年生』p21を参照。

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【プロフィール】

北川達夫(きたがわ・たつお)
教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。

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【編集部から】
学習指導要領の改訂に大きく影響したPISAってなに?
PISA型読解力ってどんな力なの?
言語力、言語活動の重視って? これまでとどう違う?
現代の教育観は変わってきたのか。変わってきたとしたら、そこにどんな経緯があるのか。
国際的に活躍する教材作家である北川達夫先生がやさしく解説する連載「明解PISA大事典」。金曜日に掲載しています。

2010年 2月 12日