« クリストファー・レイサム・ショールズ(7) - 「百学連環」を読む:なぜScience and Artsなのか »

談話研究室にようこそ 第13回 呪文のなかのラテン(その2)

2011年 10月 6日 木曜日 筆者: 山口 治彦

第13回 呪文のなかのラテン(その2)

 ここでは例をたくさん挙げることは控えましたが,見た目にはむずかしそうな呪文らしい呪文が,『ハリー・ポッター』シリーズでは数多く出てきます(興味のある方は,The Harry Potter LexiconやWikipediaのThe List of Spells in Harry Potterなどをインターネットでご覧になればいいでしょう)。

 これらの呪文は前回で確認したように,ラテン語を模して作られています。では,『ハリー・ポッター』の呪文は,ラテン語が分からないとまったく意味をなさないのでしょうか。

 いえ,そんなことはありません。ラテン語を2度あきらめた私にもじゅうぶん予測がつきます。前回挙げた呪文をもとに考えてみましょう。再掲しておきます。

(18) a. Petrificus Totalus (ペトリフィカス・トータラス)
b. Expelliarmus (イクスペリアーマス)
c. Expecto Patronum (イクスペクトー・パトローナム)
d. Wingardium Leviosa (ウィンガーディアム・レヴィオーサ)
e. Obliviate (オブリヴィエイト)

 まず,第11回にも見たPetrificus Totalusですが,これは,petrification(石化),petrify(石化する,硬直させる),そしてtotal(全体の)といったラテン語系の英単語を知っていたら,全身を石のように硬直させる呪文であると予想できるわけです。

 同様に,Expelliarmusは,expel(強制退去させる,放校処分にする)とarms(武器)から,相手の武器(魔法の杖)を剥奪する呪文であると見当がつきます。 Expecto Patronumは,patron(庇護者,後援者)に当たるものをexpect(期待する,待ち望む)するわけです。つまり,守護霊を招来する呪文です。

 Wingardium Leviosaは,ラテン語もじり(dog Latin)の最たるもので,英語にとっては土着的な(古期ノルド語から移入された)基本語wing(翼)とラテン語系の語幹levi-をふたつある単語の語頭にそれぞれ組み入れています。(-ardiumの部分は,ラテン語のarduus(高い)を含んでいるという指摘もあるようですが,一般の英語読者はおそらくそれに気づく知識を持たないだろうし,作者も気づいてくれることを意図していないだろうと思います。)要は,wingとlevi-が目立つ訳です。そして,levi-の意味は,levitate(心霊術などで空中に浮遊させる)やlevity(軽率)といった単語から,軽さや浮遊状態を表すことが予想できます。物体を羽根があるかのように空中に浮かせてしまうという呪文です。

<< 前回  次回>>

*

◆ほかの回をお読みになる方は⇒「談話研究室にようこそ」目次へ

【筆者プロフィール】

『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版) 『語りのレトリック』(海鳴社)山口治彦(やまぐち・はるひこ)

神戸市外国語大学英米学科教授。
専門は英語学および言語学(談話分析・語用論・文体論)。発話の状況がことばの形式や情報提示の方法に与える影響に関心があり,テクスト分析や引用・話法の研究を中心課題としている。
著書に『語りのレトリック』(海鳴社,1998)『明晰な引用,しなやかな引用』(くろしお出版,2009)などがある。

*

【編集部から】

雑誌・新聞・テレビや映画、ゲームにアニメ・小説……等々、身近なメディアのテクストを題材に、そのテクストがなぜそのような特徴を有するか分析かつ考察。
「ファッション誌だからこういう表現をするんだ」「呪文だからこんなことになっているんだ」と漠然と納得する前に、なぜ「ファッション誌だから」「呪文だから」なのかに迫ってみる。
そこにきっと何かが見えてくる。

2011年 10月 6日