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I Will Always Love You (1992, 全米No.1)/ホイットニー・ヒューストン(1963- )

2011年 11月 9日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌物語~ 第5回

●歌詞はこちら
http://lyrics.wikia.com/Whitney_Houston:I_Will_Always_Love_You

曲&映画『THE BODYGUARD』のエピソード

一時はアメリカが生んだ最高峰のディーヴァとして絶大な人気を誇ったホイットニー・ヒューストン主演の映画『THE BODYGUARD』(1992)のオリジナル・サウンドトラック盤からの大ヒット曲。全米チャートでは何と14週間にわたって首位の座をキープし、このシングル盤は当時アメリカ国内だけで400万枚以上を売り上げた。オリジナルはカントリー・ミュージック界を代表するシンガー/女優のドリー・パートンで、彼女によるオリジナル・ヴァージョンは1974年にリリースされ、アメリカのカントリー・チャートで堂々のNo.1を記録している。この曲の存在をホイットニーに教えたのは共演者で相手役のケヴィン・コスナー(本人の談)。ホイットニー自身はこの曲の存在を知らず、劇中で両者がチャイナ・タウンのレストランで踊るシーンでこの曲のカントリー・ヴァージョンが流れる際、ホイットニーが“It’s a cowboy song, huh!(カントリーじゃないの!)”と言うセリフは、実際に彼女がコスナーに向かって言った言葉をセリフにしたものかも知れない。

当初、マドンナが主役に内定していたが、コスナーとの顔合わせの際に彼が彼女に向かって“You are neat.(君ってイカしてるね)(注:neat=イカした、というのはかなり古いスラング)”と言ったことから、マドンナが「私、“neat”なんて言う男キラい!」と、あっさりと主役の座を降りてしまった、というエピソードを耳に挟んだことがある。劇中でホイットニーとコスナーがインターレイシャル(人種混合)・カップルであるにも拘らず、そのことに少しも触れられていないのは、すでに脚本が出来上がっていたため。

曲の要旨

心と心が離れ離れになってしまった、かつては愛し合っていた男女。特に男性の方はすっかり気持ちが冷めてしまっているよう。別れを決意してみたものの、彼に対してまだ少し未練がある女性は、相手が「行かないでくれ」と言ってくれるのを待っているフシがある。それでも自分から離れて行く彼の気持ちを止める術はなく…。だったらせめて、去って行く彼に思いの丈の詰まった言葉を贈りたい。「あなたの幸せを願っているわ」。そして「この先も、あなたへの愛は変わらないことでしょう」と。

1992年の主な出来事

アメリカ: ロサンジェルスで大規模な暴動が勃発。いわゆる”ロス暴動”。
民主党のビル・クリントンが第42代大統領に当選。
日本: 政治家を巻き込んだ佐川急便事件発覚。竹下内閣が窮地に陥る。
世界: イギリスのチャールズ皇太子とダイアナ妃(当時)が別居を公式に発表。

1992年の主なヒット曲

Don’t Let The Sun Go Down On Me/エルトン・ジョン&ジョージ・マイケル
Save The Best For Last/ヴァネッサ・ウィリアムス
To Be With You/Mr. ビッグ
I’ll Be There/マライア・キャリー
End Of The Road/ボーイズ II メン

I Will Always Love Youのキーワード&フレーズ

(a) stay
(b) take ~ with someone
(c) life treat someone
(d) I will always love you

のっけから私事で恐縮だが、この曲には忘れられない思い出がある。大ヒットしていた頃、かつて住んでいた集合住宅に隣接するいずれかの部屋の窓から、毎日のように朝から晩までこの曲を大音量で流し、それに合わせて大声で歌っている女性の(お世辞にも上手いとは言えない)絶叫にも似た声に悩まされたことがあるから。ある時、その騒音はピタリと止んだが、もしかしたらカラオケの練習でもしていたのだろうか。それとも、友人の結婚式で歌うつもりで練習に励んでいたのか…。

タイトルだけを見ると普通のラヴ・ソングである。が、歌詞全体を読めば解るように、これは別れの歌。オリジナル・ヴァージョンを歌ったドリー・パートンの自作で、カントリー・ミュージックのTV番組で共に司会を務めていた男性カントリー・シンガーに捧げたもの。ドリーが同番組を降板することになり、いつまでも変わらぬ友情の証としてこの曲を綴ったのだという。そもそもラヴ・ソングではなかったのだ。ただし、そうしたエピソードを知らずにいると、男女の別れの歌に聞こえる。

一時この曲は日本の結婚式の定番ソングだったが、非常にマズい選曲であるのは言うまでもない。例えば同じホイットニーの不倫ソング「Saving All My Love For You(すべてをあなたに)」(1985/全米No.1)を結婚式のBGMで流すのと同じぐらい場違いな選曲だ。そして筆者は実際にその不倫ソングが流れた披露宴の席に臨んだ経験がある。「この新郎新婦が末永く幸せで暮らしてくれればいいのに…」などと、余計な老婆心を抱きつつ、その曲が終わってくれるのを祈るような気持ちで待ったものだ。

余談はこれぐらいにして。

中学生でも知っている(a)動詞の“stay”を採り上げたのには、それなりの理由がある。曲の中では自動詞として使われているので、改めて英和辞典に載っているすべての意味に目を通してみると、この曲での意味合いに見合う日本語が欠落していることに気付く。「留まる、じっとしている、立ち止まる、滞在する、…のままでいる」というのが辞書にある大まかな意味だが、「留まる」がやや意味的に近いものの、それだけでは不充分。

“stay”は洋楽ナンバーのラヴ・ソングに頻出する動詞のひとつで、例えばこんな風に使われることが多い。

(1) I want you to stay.
(2) I came back to stay.
(3) Please stay, don’t go.

ヒントになるセンテンスは(3)で、“don’t go”が決め手になる。つまり、この場合の”Please stay”と”don’t go”はほぼ同義と言っていい。よって、(1)を意訳するなら「行かないで=ずっと側にいて欲しい」となるし、(2)は「僕は(私は)戻って来たからにはもうどこへも行かない」と言ってるのである。例えば、長いことわけあって家を離れていた愛しい人がようやく戻ってきた時などに言う“I’m home to stay.(直訳:留まるために家に戻った/意訳:こうして帰ってきたからには、もうどこへも行かない)”などがこの曲にある“stay”にあたる。相手の男性の愛情が冷めていると察知しつつも、「でもまだ私に側にいて欲しいのなら…(=離れて行って欲しくないと思ってくれてるのなら…)」という女心が、この“stay”には込められているのだった。

次に(b)の言い回しを使ってセンテンスを作ってみると――

○You took my soul with you when you left me.

直訳すると「あなたが私を捨てた時、あなたは私の魂も一緒に持ち去った」。これでもまあニュアンスは解るが、訳としては稚拙。意訳すると、「あなたが私から離れて行った時、それと同時に私の心も死んだのよ」。これはちょっと失恋ソングにありがちな悲しいフレーズなので、「I Will Always Love You」での使われ方に似たセンテンスを作ってみる。

○When I say goodbye to you, I’m going to take the dreams we shared with me.

「あなたに別れを告げる時は、あなたと語り合った将来の夢の数々を思い出としてもらっていくつもりよ」ぐらいの意味。もちろん、ここの“with”は“shared”ではなく“take”にかかる。“take”が“持ち去る”のか“持っていく”という意味になるのかは、そのセンテンスによって微妙に違ってくることがお解りいただけたのでは。

日本語でいう「世間は私に冷たい」に匹敵する英文は、これまた洋楽ナンバーでよく見聞きする“The world treats me cold.”もしくは“Life treats me cold.”。前者の“the world”は「世界」ではなく「世間」「世の中」「社会」を指す。この曲の歌詞にも登場する言い回しの後者の“life”は、「人生」や「人命」というより「生きていること」に近いニュアンス。(c)を違うセンテンスに書き換えた“If life treats you cold…(生きていることが辛いなら…)”という言い回しは、歌詞によく出てくる。

では、この曲で歌われているフレーズの「人生があなたに優しく接してくれることを願う」とは、実際にはどんなことをいわんとしているのか? 意訳すれば「これからのあなたの人生に幸多かれと祈っている」、「あなたの人生が順風満帆でありますように」といったところだろう。そうした意訳を引き出すポイントは、“life”を“treat(s)”という動詞に惑わされて擬人化してしまわないこと。洋楽ナンバーの歌詞には、こういうのもある。

(4) Love don’t love nobody.(二重否定=否定の強調)/正しくは Love doesn’t love anybody.
(5) Love treated me bad.
(6) Life has been good to me.

(4)はちとややこしい言い回しだが、解ってしまえば何のことはない。直訳「愛は誰も愛さない」ではちょっと意味不明になる。そこで思い切った意訳をすれば、「恋愛は誰に対しても上手く行かないようにできている」。(5)は直訳「愛は私を酷く扱った」、意訳「私は恋愛運にソッポを向かれた」。いかがだろうか? (6)も同様に、直訳「人生は長いこと私によくしてくれてきた」(←日本語としてヘン)、意訳「私はこれまで恵まれた人生を歩んできた」。こうした見慣れた単語でできている平叙文こそ、いざ訳すとなると手こずるものである。

そして肝心のタイトル。これ、みなさんならどう訳します?

○私はいつもあなたを愛するでしょう
○私はこの先もあなたを愛するでしょう
○私はずっとあなたを愛するでしょう

いっそのこと、

♪I’m gonna love you for always

としてくれた方が解りやすい。これなら「これからもずっとあなたを愛するつもりよ」となるから。“for always”は“forever”と同義。“always”にも“永遠に”という意味合いが含まれているから、この曲のタイトルを「いつまでもあなたを愛するでしょう」としてもいいわけで、それはそれで間違いではない。

けれど、ちょっと待って。これ、別れの歌だったでしょ? となれば、タイトルにもなっているそのフレーズには、もう少し違う意味合いが込められているのでは、と疑いたくもなる。そこで筆者はこんな大胆な解釈を試みた。

○あなたがいつ私のもとへ戻ってきても、あなたへの愛は変わらないままでしょう

そう考えると、この曲の主人公が別れることになった男性への思慕を募らせている状態が手に取るように判って切なくなる。「あなたをいつだって愛するでしょう」という内容から、結婚式の定番ソングになってしまったことを想像するのは容易い。が、シンプルな愛の言葉“I will always love you.”が常に永久の愛を誓った相手に捧げる言葉とは限らないのだ。ホイットニーにとっては門外漢のカントリー・ソングとは言え、互いに愛情を残しながら別れるしかなかった『THE BODYGUARD』の男女の心境が歌詞に反映されていると考えたコスナーが、彼女にこの曲を教えた、というのにもうなずける。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

2011年 11月 9日