「百学連環」を読む

第33回 術の定義の出典を追う

筆者:
2011年11月18日

前回は、「術」の定義が述べられたくだりを読みました。「学」の場合と同様に、英語の文献からの引用が提示され、日本語で解説が加えられたのでした。では、その英語の定義はどこから来たのか。そのことを考えてみることにしましょう。

「学」の定義は、ハミルトン卿からの引用でしたが、「術」の定義はどうも別の書物から持ってこられたもののようです。

さて、こういう場合、どうすればよいでしょうか。従来であれば、脳裏にある記憶を頼りに、「この辺りかな?」と当たりをつけて目当てのものがあるかどうか、書物をひっくり返しながら調べにかかるというやり方をしていたわけです。

例えばいま、インターネットがなかったらどうするか。私なら、まずは、この「百学連環」講義が行われた年より前につくられた英語の辞書や百科事典を探して引こうと考えます。つまり、明治3年(1870-71年)以前のそうした文献に当たろうと思います。これは、古い時代の文献について考える際に広く使える方法です。

さて、いまは幸いインターネット上のアーカイヴを調べるという手も使えますので、上記のようなことを念頭に置きながら、探ってゆくことにしましょう。昔ながらのやり方を採るのは、その後でも遅くはありません。今回は、探る過程をそのままお見せしてみます。

まずGoogleで”Art is a system of rules serving to facilitate the performance of certain actions”という文を検索します。区別のためにこれを「文A」と名付けておきましょう。このようにダブルクォーテーションを付けて、「まさにこの通りの文が出ているページ」を検索するわけです。結果は7件(検索は2011年11月15日時点。以下同様)。「おお!」と思って検索結果を上から順に見てゆくと、全部自分が書いた文章でした。つまり、前回の原稿で文Aを掲示したので、そのことが検索結果に出ているのです。なんということでしょう。そして、おそらくこの原稿が掲載されることで、検索結果は若干増えているかもしれません。

では、気を取り直して引用符を外します。こうすると、「ともかくこの文に含まれる語が全部入っているページ」を検索せよ、という命令になります。結果は、一挙に約 27,900,000 件となりました。今度は気が遠くなりそうです。でも、眺めてみると、気づくことがあります。文Aそのものではないけれど、文Aの冒頭2語を外した”A system of rules serving to facilitate the performance of certain actions”という形で表示している検索結果が多いのです。この文を「文B」と呼ぶことにします。

検索結果の筆頭に上がっているBrainyQuoteというウェブサイトでは、Artという語に関する各種引用が並べられているのですが、そこでも文Bの形で引用されています。さらに検索結果を見比べてゆくと、文Bとセットで、その後ろにセミコロンを挟んで、”a system of principles and rules for attaining a desired end; method of doing well some special work”と続く場合が多く見受けられます。これを「文C」としましょう。

多くのウェブサイトに同じ文章が現れるということは、なにか同じ文献から皆が同じ文章を引用している可能性が浮かび上がってきます。では、それはどんな文献か。

そのつもりで見てゆくと、どうやらこれはウェブスターの辞書で、Artの項目に掲げられている定義の一つであることが分かります。ウェブスター辞典なら、脈ありです。19世紀前半からつくられている辞書ですから、西先生が目にしている可能性があります。

では、というので今度は文Bと共に”Merriam-Webster”で検索をかけ直してみます。つまり、絞り込むわけですね。結果は約 83,600 件。およそ1/333まで減りました。ノア・ウェブスター(Noah Webster, 1758-1843)が『ウェブスター英語辞典』の最初の版をつくったのは1828年ということですから、この版を覗いてみることにします。

これもネット上で探すといろいろなところで見ることができます。今回は、テキスト・データに直したものではなく、辞書をスキャンした現物に近いものを見ることにしました。Google Booksではなぜか閲覧させてもらえないので、Internet Archiveにあるものを見ます。ちなみに、『ウェブスター英語辞典』を最初に刊行したのは、コンヴァースという版元で、後にメリアムが版権を買い取ります。

Artの項目を見ると、2番目の定義として次のように記されています。

2. A system of rules, serving to facilitate the performance of certain actions; opposed to science, or to speculative principles; as the art of building or engraving. Arts are divided into useful or mechanic, and liberal or polite. The mechanic arts are those in which the hands and body are more concerned than the mind; as in making clothes, and utensils. These art are called trades. The liberal or polite arts are those in which the mind or imagination is chiefly concerned; as poetry, music and painting.

  In America, literature and the elegant arts must grow up side by side with the coarser plants of daily necessity.

(Noah Webster, American Dictionary of the English Language, Vol.I, 1828. 文中のイタリック体は原書のもの)

 

第一文が文Bと同じものです。ただし、それに続く第二文は、文Cとは違っています。学と術の違いを考えている私たちにとっては、面白いことが書かれていますね。ついでながら読んでおきましょう。訳せばこうなるでしょうか。

〔術は、〕学あるいは理論的な原理とは対照的なもの。

やはり「術(art)」は、「学(science)」と区別されるものとして捉えられているようです。以下、artの区別やその説明が出ていますが、必要になったら戻ってくることにして、調べを進めることにしましょう。それにしても、こうした大きな書物になればなるほど、紙版で読みたくなります。よほどハイスペックのコンピュータでも、1000ページを超えるPDFのあちこちを繰りながら読むのは、なかなか面倒なことです。検索は電子、閲読は紙、と組み合わせて使うのが、目下のところ私にとっては便利な使い方です。

次回は、さらに調べを進めて参りましょう。

筆者プロフィール

山本 貴光 ( やまもと・たかみつ)

文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(//d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

『「百学連環」を読む 』

編集部から

細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
編集部のリクエストがかない、連載がスタートしました。毎週金曜日に掲載いたします。