日本語社会 のぞきキャラくり

補遺第58回 『悪者』による『悪者』のためのことばについて

筆者:
2014年4月20日

動詞「たくらむ」のように,「掟」を破る『悪者』キャラの動作を専用に描くことばは有る(補遺第55回)。また,「一味」のように,『悪者』キャラそのものを描くことばも有る(補遺第56回)。その一方で,『悪者』キャラ専用のセリフつまり役割語は基本的に無い。我々が『悪者』キャラの役割語と考えがちな「げっへへ,これでよぉ,~できるってぇ寸法だぜ」などのセリフは,実は『悪者』キャラではなく『下品』キャラの役割語である。前回はこのことを確認した上で,「警察」を意味する「サツ」のような犯罪者の隠語,といっても私が知っているぐらいだから現実の犯罪者たちはまず口にするはずはなく,せいぜい芝居の中での犯罪者の隠語といったものに過ぎないが,そのような隠語が例外的に『悪者』キャラの役割語と考えられるということを付け足した。

付け足しついでに言えば,例外的な存在である犯罪者の隠語の中でも,逃走を表す「ずらかる」ということばは,特異な位置を占めている。

まず断っておくと,「ずらかる」は『下品』キャラの話し手の役割語と重なる部分も多いが,一応は犯罪者の隠語と考えてよいだろう。駆けつけた警察に,その場に残っていた者が「一足遅かったな。犯人はもうみんな逃げた」と言うのはいいが,いくら『下品』キャラだからといって「一足遅かったな。犯人はもうみんなずらかった」と言えば,「おまえだけ逃げ遅れただろう」となりかねないからである。つまり「ずらかる」は犯罪者の隠語で,『悪者』キャラの話し手の役割語である。

さて,ここで示したいことは,この「ずらかる」が,話し手だけでなく,描かれ手(つまり逃走者)に関しても制限を持っているということである。たとえば,『悪者』キャラの話し手が仲間に「サツが来やがった。ずらかるぞ」などと言うのはいい。だが,「サツめ,俺たちを多勢と見て,ずらかりやがったな」などと言うのは,なにかおかしい。「ずらかりやがったな」では警察がまるで『悪者』のようである。

「ずらかる」主体は,話し手(『悪者』)の「一味」である必要もない。極端な話,たとえば「あの野郎,ここへおびき寄せて,叔父貴のカタキをとってやろうと思ったが,どうも勘づいてずらかりやがったな」が自然であるように,敵対していてもよく,ただ『悪者』でありさえすればいい。

結果として「ずらかる」は,『悪者』キャラの役割語と,『悪者』キャラの動作表現を兼ねている。『悪者』による,『悪者』のためのことば,それが「ずらかる」である。

筆者プロフィール

定延 利之 ( さだのぶ・としゆき)

神戸大学大学院国際文化学研究科教授。博士(文学)。
専攻は言語学・コミュニケーション論。「人物像に応じた音声文法」の研究や「日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成」などを行う。
著書に『認知言語論』(大修館書店、2000)、『ささやく恋人、りきむレポーター――口の中の文化』(岩波書店、2005)、『日本語不思議図鑑』(大修館書店、2006)、『煩悩の文法――体験を語りたがる人びとの欲望が日本語の文法システムをゆさぶる話』(ちくま新書、2008)などがある。
URL://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/Gengo/staff/sadanobu/index.htm

最新刊『煩悩の文法』(ちくま新書)

編集部から

「いつもより声高いし。なんかいちいち間とるし。おまえそんな話し方だった?」
「だって仕事とはキャラ使い分けてるもん」
キャラ。最近キーワードになりつつあります。
でもそもそもキャラって? しかも話し方でつくられるキャラって??
日本語社会にあらわれる様々な言語現象を分析し、先鋭的な研究をすすめている定延利之先生の「日本語社会 のぞきキャラくり」。毎週日曜日に掲載しております。