歴史を彩った洋楽ナンバー ~キーワードから読み解く歌物語~

第9回 All I Want For Christmas Is You(1994, 全英No.2)/ マライア・キャリー(1970-)

2011年12月7日
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●歌詞はこちら
//www.stlyrics.com/lyrics/loveactually/alliwantforchristmasisyou.htm

曲のエピソード

マライア・キャリーのクリスマス・アルバム『MERRY CHRISTMAS』(1994/全米アルバム・チャートNo.3/当時、アメリカ国内だけで400万枚以上の売り上げを記録)に収録されている曲で、今やクリスマス・シーズンの定番ソングのひとつ。邦題を「恋人たちのクリスマス」という。同アルバムには、この曲のようなオリジナルのクリスマス向けラヴ・ソングの他、『聖書』の場面に基づいた讃美歌、伝統的なクリスマス・ソングも収録されている。

この曲がリリースされた当時、マライアは所属する Sony Music の会長トミー・モトーラ(Tommy Mottola)の妻だった。彼は、マライアを発掘した張本人であり、彼女をスターダムに押し上げた育ての親でもある。1993年、モトーラ氏は先妻と別れて晴れてマライアと結婚。当時、略奪婚と騒がれた。新婚ほやほやの時にレコーディングされた曲であるため、マライアはタイトルにある“you”を夫に重ねて歌ったのだろう。が、両者は1998年に離婚し、その後、それぞれ再婚している。

本国アメリカでは、エア・プレイ・チャートで何度かチャート・インしており、リリース年の1994年にNo.12、1995年暮れに再度エア・プレイ・チャートに登場し、その際はNo.35、1996年暮れにも同チャートに登場してやはりNo.35を記録している。このように、既存のクリスマス・ソングが冬場に複数回チャート・インする例は過去にもあり、有名なビング・クロスビー(Bing Crosby/1903-1977)の「White Christmas」は、1954~1962年の8年間に、何と6回も全米チャートのトップ40圏内にランク・インされている(最高順位は1955年の全米No.7)。マライアによるこの定番クリスマス・ソングも、アメリカ国内で正式にシングル・カットされたなら、「White Christmas」と同じ現象が起こることは必至。

曲の要旨

クリスマス・ツリーの下に積み上げてあるような、ありきたりなクリスマス・プレゼントなんて欲しくない。私が望むたったひとつのクリスマス・プレゼント、それはあなた。特別な日のクリスマスに、私はあなたと一緒に過ごせればそれで幸せ。だから、サンタクロースに送る「クリスマスに欲しいもの」のリストなんて作る必要もないの。あなたが思っている以上に、私が秘めたあなたへの愛情は深いのよ。私が欲しいのはあなただけ。

1994年の主な出来事

アメリカ: ロサンジェルスのノースリッジで大規模な地震が発生。
日本: 松本サリン事件が発生し、世間を震撼させる。
世界: ノルウェイのリレハンメルで冬季オリンピック開催。
  アフリカのルワンダで紛争が激化し、大量虐殺へと発展。

1994年の主なヒット曲

The Power of Love/セリーヌ・ディオン
The Sign/エース・オブ・ベース
Bump N’ Glind/R. ケリー
I Swear/オール・4・ワン
On Bended Knee/ボーイズIIメン

All I Want For Christmas Is Youのキーワード&フレーズ

(a) for one’s own
(b) underneath the mistletoe
(c) make a list
(d) Saint Nick

クリスマス・シーズンが近づくと、ラジオからも街角のスピーカーからも、日がな一日クリスマス・ソングが流れてくる。特に日本で人気が高いのは、ワム!の失恋クリスマス・ソング「Last Christmas」(1984)とマライアのこの曲。曲のエピソードでも触れたマライア名義のクリスマス・アルバムの他、クリスマス・ソングばかりを集めた日本編集のコンピレーション・アルバムにも収録され、好評を博した。『聖書』に登場する場面(たいていの場合、イエス・キリスト降誕の前夜とその瞬間)が出典となっている讃美歌や、誰もが知っている定番中の定番ソング、例えば「ジングル・ベル」、「赤鼻のトナカイ」、「ママがサンタにキッスした」などとは異なり、最初からオリジナルとして作られたクリスマス・ソングがここまで聴き継がれることは滅多にない。

“Christmas”は、“Christ(イエス・キリスト)”+“-mas(~の祝日、の意)”から成る言葉、なんてことを知らなくても、西洋文化がドッと押し寄せて以来、日本人は長きにわたってクリスマスを特別な日として楽しんできた。そのことは、日本に限ったことではないらしく、筆者は過去に、「クリスマスの本当の意味を考えたことがある?」といった内容のオリジナル・クリスマス・ソングを訳した経験がある。「本当はイエス様の降誕を祝う日で、厳かに過ごす日なのよ」と諭す内容だったが、そのオリジナル・クリスマス・ソングは、どうしたわけか定番にはならなかった。説教くさい歌詞が嫌われたせい?

「クリスマスの日に(プレゼントとして)欲しいのはあなただけ」と、マライアは歌う。その思いは、(a)に凝縮されている。「あなたに私だけのものになって欲しい」と。そこのフレーズを深読みするなら、マライアが最初の夫モトーラ氏を「(不倫関係ではなく)私だけのもの」にしたい、つまり「奥さんと別れて私だけのものになって欲しい」と言ってるようにも聞こえる。もっとも、この曲がレコーディングされた1994年夏には、彼女は晴れて彼の妻の座に収まっていたのだけれど……。

(a)の前置詞“for”を“on”に変えると、途端に意味が全く違ってくるので、参考までに以下に記してみる。

on one’s own(自分だけの力で、独力で、たった独りで)

“for”が“on”になっただけで、ここまで意味が違ってくる。“I’m going to live my life on my own.(私はたった独りで生きていく覚悟です)”という風に使う。実際に、往年のR&Bシンガー、パティ・ラベル(Patti LaBelle/1994-)と、ドゥービー・ブラザーズ(The Doobie Brothers)の元メンバーで後にソロ・シンガーに転向したマイケル・マクドナルド(Michael McDonald/1952-)のデュエットによるヒット曲に、「On My Own」(1986, 全米No.1)というのがあった。同曲は、同棲していた男女に別れが訪れ、「今はあなた(君)なしの独りぼっちの生活を寂しく送っている」と歌った悲しい内容だった。筆者は、高校時代にグラマーのテストで、あるイディオムの前置詞を間違えてしまったがために、バツをくらって口惜しい思いをしたことがある。なので、お節介と思いつつ、(a)から想起した違うイディオムを記してみた。

クリスマス・ソング、とりわけオリジナルのものには、(b)にある“mistletoe”が頻繁に登場する。意味は「寄生木(やどりぎ)」で、クリスマスの時期に装飾のために用いられる植物。花言葉が「征服」であることから、次のようなイディオムが生まれた。

kiss under the mistletoe(クリスマスの季節に飾った寄生木の下にいる女性にキスする)

このイディオムの由来は、「クリスマスのために飾った寄生木の下にいる女性にはキスしてもいい」という西洋の習慣で、マライアはそれを踏まえて「寄生木の下であなたが来てくれるのを待っているわ」と歌っているのである。クリスマスに彼が彼女のもとを訪れて、彼女の唇を奪ってくれることを期待しつつ……。

これまたオリジナルのクリスマス・ソングによく出てくる(c)は、既存のイディオム“make a list of ~(~のリストを作成する)”に基づいたもの。ところが、クリスマス・ソングに限り、“of ~”の部分がないものが多い。なぜなら、(c)だけで意味が通じるから。クリスマス・ソングにおける“a list (or lists)”は、「誰に対してどのようなクリスマス・プレゼントを贈るか」を書き留めておくメモ(これは大人がよくやる行為)、もしくは子供が一生懸命に考えながら綴る「サンタクロースへ送る欲しいものリスト」を書き連ねた手紙を指す。が、マライアは「欲しいものリストは作らない」とキッパリと断言。欲しいものが愛しい男性だけだからである。

サンタクロースの異名は複数ある。(d)もそのひとつで、もともとは、4世紀に実在した小アジアの宗教 Myra の司教の名前。後に、子供たちや旅人たちの守護聖徒(守り神みたいなもの)として崇められるようになり、さらにはサンタクロースの起源ともなった人物、と言われている。正式名は“Saint Nicholas”。クリスマス・ソングの歌詞にも、度々、登場する。この曲では、「Saint Nickに『欲しいものリスト』を送らない」といってることから、サンタクロースの異名として使われていることが明らか。

ここでちょっとアメリカ英語の発音の話を。“t”が“d”化するのはアメリカ英語の発音の特徴のひとつだが、“-ta”が“-na”に聞こえることもまた、そのうちのひとつ。例えばマライアがこの曲で口にする“Santa Claus [sǽntəklɔ̀ːz]”の“Santa”が [sǽnə] と聞こえるように。“-ta”で終わる英単語の“Atlanta”も [ætlǽnə] と聞こえることがある。このように、“-ta”はアメリカ英語の発音では“-da”もしくは“-na”になる場合が多いので、それらの単語をネイティヴが口にするのを注意深く聴いてみていただきたい。

オリジナルのクリスマス・ソングでありながら、この曲には西洋におけるクリスマスの慣習がところどころに織り込まれていて、聴いていてとてもためになる。みなさん、今年のクリスマスには、家の中に寄生木を飾ってみませんか?

筆者プロフィール

泉山 真奈美 ( いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

編集部から

ポピュラー・ミュージック史に残る名曲や、特に日本で人気の高い洋楽ナンバーを毎回1曲ずつ採り上げ、時代背景を探る意味でその曲がヒットした年の主な出来事、その曲以外のヒット曲もあわせて紹介します。アーティスト名は原則的に音楽業界で流通している表記を採りました。煩雑さを避けるためもあって、「ザ・~」も割愛しました。アーティスト名の直後にあるカッコ内には、生没年や活動期間などを示しました。全米もしくは全英チャートでの最高順位、その曲がヒットした年(レコーディングされた年と異なることがあります)も添えました。

曲の誕生には様々なエピソードが潜んでいるものです。それを細かく拾い上げてみました。また、歌詞の要旨もその都度まとめましたので、ご参考になさって下さい。