「百学連環」を読む

第40回 ラテン語の引用元

筆者:
2012年1月13日

『ウェブスター英語辞典』(1913年版)で、SCIENCEの項目を読んでいるところでした。そこに記載されているSCIENCEの同義語(シノニム)に、literature、art、knowledgeの三つの語が並んでおり、中でもartについては、念入りの説明が施されています。

前回見たように、「アート」に関する解説は、辞書の執筆者によるものではなく、カールスレイクからの引用であることが示されていました。

調べてみると、ウィリアム・ヘンリー・カールスレイク(William Henry Karslake)『論理学研究への手引き(Aids to the Study of Logic)』(2vols, 1851)の第1巻からの引用であることが分かります。残念ながら、今回同書そのものは確認できませんでしたが、出典については別の文献で確認できました。

実は『ウェブスター英語辞典』で引用されているのとまったく同じ文章が、他の書物にもそのまま引用されているのです。ここで注目しておきたいのは、ウィリアム・フレミング(William Fleming)『哲学語彙 精神・道徳・形而上学に関する――引用と参照つき 学生用(The Vocabulary of Philosophy, menetal, moral, and metaphysical: with quatations and references; For the use of students)』(1857)です。

これは、グラスゴー大学のウィリアム・フレミングが、学生の学習のために編んだ哲学事典で、副題に見えるように、語彙の解説に加えて先哲が書いた文章からの引用が添えられています。

この『哲学語彙』のSCIENCEの項目を見ると、さまざまな引用を交えながら、その意味と用例が提示される中に、例の”In science, scimus ut sciamus; in art, scimus ut producamus.“で始まる文章(第37回参照)が引用文として現れます。そして、その引用文の末尾に次のように出典が示されているのです。

――Karslake, Aids to Logic, b. i., p. 24.――V. ART, DEMONSTRATION.

The Vocabulary of Philosophy, p.453

 

書名は若干省略されていますが、上記した『論理学研究への手引き(Aids to the Study of Logic)』を指しています。このようにきちんと出典が明示されているおかげで、西先生が『ウェブスター英語辞典』から引用している文章の出所が分かりました。この『哲学語彙』はなかなかよくできていて、カールスレイクの引用には次のような注もついています。訳出してお示ししましょう。

 この「サイエンス」と「アート」の区別は、アリストテレスが提示したものである。『分析論後書』i., 191, ii., 13.を見よ。

前掲同書、p.453、注§

 

またしてもアリストテレスの名前に出合いました(第30回参照)。無理からぬことです。ヨーロッパの学術史を眺めてみると、学術を分類するさまざまな試みがなされてきましたが、その最初期の試みの一つがアリストテレスによるものだからです。アリストテレス先生の影響は、時代によって強くなったり弱くなったりしていますが、このように19世紀半ばの学術書にもその力は及んでいるのです。

では、アリストテレスは「サイエンス」と「アート」をどのように区別しているのでしょうか。西先生の「百學連環」からさらに遡ることになりますが、ここをしっかり押さえることで、以後の読解にとっても、大きな手助けを得られると思います。次回は、アリストテレスの議論を見てみることにしましょう。

筆者プロフィール

山本 貴光 ( やまもと・たかみつ)

文筆家・ゲーム作家。
1994年から2004年までコーエーにてゲーム制作(企画/プログラム)に従事の後、フリーランス。現在、東京ネットウエイブ(ゲームデザイン)、一橋大学(映像文化論)で非常勤講師を務める。代表作に、ゲーム:『That’s QT』、『戦国無双』など。書籍:『心脳問題――「脳の世紀」を生き抜く』(吉川浩満と共著、朝日出版社)、『問題がモンダイなのだ』(吉川浩満と共著、ちくまプリマー新書)、『デバッグではじめるCプログラミング』(翔泳社)、『コンピュータのひみつ』(朝日出版社)など。翻訳書:ジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川浩満と共訳、朝日出版社)ジマーマン+サレン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ)など。目下は、雑誌『考える人』(新潮社)で、「文体百般――ことばのスタイルこそ思考のスタイルである」、朝日出版社第二編集部ブログで「ブックガイド――書物の海のアルゴノート」を連載中。「新たなる百学連環」を構想中。
URL:作品メモランダム(//d.hatena.ne.jp/yakumoizuru/
twitter ID: yakumoizuru

『「百学連環」を読む 』

編集部から

細分化していく科学、遠くなっていく専門家と市民。
深く深く穴を掘っていくうちに、何の穴を掘っていたのだかわからなくなるような……。
しかし、コトは互いに関わり、また、関わることをやめることはできません。
専門特化していくことで見えてくることと、少し引いて全体を俯瞰することで見えてくること。
時は明治。一人の目による、ものの見方に学ぶことはあるのではないか。
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