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Smoke On The Water(1973年に全米No.4,1977年に全英No.21)/ディープ・パープル(1968-1976,1986-)

2012年 7月 11日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌詞物語~ 第40回

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●歌詞はこちら
http://www.lyricsmania.com/smoke_on_the_water_lyrics_deep_purple.html

曲のエピソード

イギリスが生んだ最高峰のロック・バンドのひとつ、ディープ・パープルの最大ヒット・アルバム『MACHINE HEAD』(1972/通算6枚目のスタジオ録音アルバム/全英アルバム・チャートNo.1、全米No.7)からのシングル・カット曲で、メンバー・チェンジ前の大ヒット曲「Hush」(1968/全米No.4、全英チャートでは何故か振るわず、No.62止まり)以来、5年ぶりに全米チャートのトップ5圏内に入る大ヒット曲となり、ゴールド・ディスク認定となった。当時(そして恐らく今も)のギター少年たちは、必ずと言っていいほどこの曲のイントロ部分の印象的なギターのリフを真似したものである。

実況中継のようなこの曲の背景は有名で、実際に起きた事件が歌詞にそのまま綴られている。1971年12月4日、ディープ・パープルはスイスにあるモントルー・カジノ(現在もそこでモントルー・ジャズ・フェスティヴァルが開催されている)の一角で新譜をレコーディングするはずであった。ところが、前日の12月3日、フランク・ザッパが同会場でライヴを行っている最中に、彼らの偏執的ファンが隠し持っていた信号拳銃を建物の天井に向けて発砲し、瞬く間に火が燃え広がってカジノが全焼する大惨事へと発展。レコーディング先を失ってしまったディープ・パープルは、そのせいで他の場所を探さなければならなくなった。ローリング・ストーンズがレコーディングに用いていたことで知られる移動式スタジオ(レコーディング機材を搭載したコンテナを積んだ車)を借り、モントルー郊外にある古びたホテルで『MACHINE HEAD』のレコーディングを行わざるを得なかった、というエピソードは、広く人口に膾炙している。

曲の要旨

翌日に俺たちがレコーディング場所として使用するはずだった、レマン湖畔にあるカジノで、フランク・ザッパの演奏中に火事が起き、建物が全焼してしまった。火柱が空に向かって高く立ち上り、レマン湖の水面の上を煙が漂って(=smoke on the water/the water=Lake Geneva or Lake Leman)、会場は大パニック。カジノは爆音を立てながら崩れ落ちてしまった。俺たちがスイスに滞在していられる日数もあとわずか。早いとこ違うレコーディング先を探さなけりゃならない。ようやく探し当てた空室だらけのホテルで、苦肉の策で部屋や壁にベッドのマットを立て掛けて防音装置代わりにし、無事にレコーディングをやり遂げることができたってわけさ。それにしても、カジノでのあの出来事は決して忘れないだろうな。

1973年の主な出来事

アメリカ: アメリカ軍が南ヴェトナムから完全に撤退。
日本: 韓国の政治家、金大中が都内のホテルで拉致される。世に言う「金大中事件」。
世界: 第4次中東戦争に端を発する石油危機。

1973年の主なヒット曲

Superstition/スティーヴィー・ワンダー
Crocodile Rock/エルトン・ジョン
Touch Me In The Morning/ダイアナ・ロス
My Love/ポール・マッカートニー&ウィングス
Let’s Get It On/マーヴィン・ゲイ

Smoke On The Waterのキーワード&フレーズ

(a) a mobile
(b) be at the best place around
(c) the Rolling truck Stones

これがもしメロディを持つ楽曲でなかったなら、歌詞はあたかもモントルーのカジノのライヴ会場で起きた火事の様子を伝えるニュースのようである。ところどころ、動詞が現在形になっていることも、この曲が実況中継のように聞こえる要因のひとつだ。しかしながら、怪我の功名とでも言えばいいのか、もしもフランク・ザッパのライヴ中に火災が起こらなかったなら、ディープ・パープルの代表曲中の代表曲であり、ロック・ミュージック史上に半永久的にその名を深く刻むであろうこの名曲は決して生まれ得なかったのである。何とも不思議な運命の巡り合わせとしか言いようがない。蛇足ながら、フランク・ザッパは、その火事で、(当時の価値で)約5万ドル分の楽器や機材が焼失してしまうという憂き目に遭った。レコーディング先を失ってしまったディープ・パープルも気の毒だが、フランク・ザッパにも同情を禁じ得ない。

携帯電話が普及した今でこそ、日本人にも(a)はカタカナ語の「モバイル」で通じるが、“mobile”は形容詞では「可動式の、移動可能な、車に取り付けた」という意味で、名詞では「可動装置」の他に「動く彫刻」などという想像を絶するような意味もある。今ではカタカナ語でもすっかりお馴染みのその単語を、この曲がヒットしていた1973年当時、いったいどれほどの人々が理解し得ただろう? 曲の冒頭に出てくる(a)には不定冠詞の“a”が付いているが、曲を聴き進むうちに、実はそれが(c)を指していることに気付く。

(b)は、曲の中では主語が“Frank Zappa and the Mothers(the Mothers はフランク・ザッパと共にレコーディングしたりライヴ活動をしたりしていたバンド)”になっており、直訳すると「フランク・ザッパ&ザ・マザーズは(カジノ周辺にあるライヴ会場で)一番いい場所で演奏していた」となるが、これは大いなる誤訳。“place”には、「音楽の一節」という意味もあり、つまり、同フレーズは、「フランク・ザッパのライヴで曲が最高潮に盛り上がっていた」という意味なのである。そしてその盛り上がりの最中に、あの惨事が起きてしまった。“place”には「場所」以外にも多くの意味があるので、これを機に、今一度、辞書で調べてみては如何でしょう?

ディープ・パープルによる造語とも言うべき(c)は、彼らのファンやロック愛好家の間では、昔から“The Rolling Stones Mobile Studio”と呼ばれてきた。カジノでの惨事を予想していたわけではないだろうが、ディープ・パープルは、レコーディングのために事前にローリング・ストーンズから移動式スタジオを借りていたのである。そのことへの感謝も込めてこの曲の歌詞に登場させたかったのだろうが、“The Rolling Stones Mobile Studio”では、歌詞に組み込むのには長過ぎたのか、知恵を絞って彼らなりの造語の(c)を考え出して歌詞に綴ったのだろう。“truck”には「運搬車」以外に「移動台」という意味もあり、造語の(c)を意訳するなら、「ローリング・ストーンズ愛用の移動式レコーディング機材(を搭載した車)」となるだろうか。

モントルー・ジャズ・フェスティヴァルの創設者のひとりであり、この曲の歌詞にもその名が登場する“ファンキー・クロード(Funky Claude)”ことクロード・ノブス(Claude Nobs)氏は、目下、同フェスティヴァルの総括管理者も務めている。この曲が生まれるきっかけとなったあの火災が起こった際、ひとりの死者も負傷者も出さずに観客たちを避難させたのは彼だった。そのことへの感謝を込めて、ディープ・パープルは、『MACHINE HEAD』のLPのダブル・ジャケットに彼の写真を名前入りで掲載し、“To him, this album is gratefully dedicated.(このアルバムを、心からの感謝を込めて彼に捧げる)”と記している。予期せぬ惨事から生み出されたこの名曲の真の陰の功労者は、実はノブス氏だったのかもしれない。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「リリック英文法」)の講師を務める。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。近作はマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツ。

2012年 7月 11日