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Summertime(1968/全米、全英共にシングル・カットなし)/ビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニー(1965-1968)

2013年 8月 7日 水曜日 筆者: 泉山 真奈美

歴史を彩った洋楽ナンバー~キーワードから読み解く歌詞物語~ 第93回

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●歌詞はこちら
http://www.lyricstime.com/big-brother-the-holding-company-summertime-lyrics.html

曲のエピソード

アメリカが生んだ不世出の作曲家、ジョージ・ガーシュイン(George Gershwin/1898-1937)作による、全3幕のオペラ『PORGY AND BESS(邦題:ポーギーとベス)』の劇中歌の中でも最も有名な曲。舞台は、アメリカのサウスカロライナ州チャールストンにある、とあるアフリカン・アメリカン居住区。そこで繰り広げられる、ほとんど悲惨としか形容しようがない様々な出来事――恋愛のもつれ、犯罪など――やアフリカン・アメリカンが置かれた苦境を描出したストーリーである。劇中で歌われるこの曲は、もともとオペラ用に書き下ろされたもので、初披露は同オペラが初演された1935年10月10日のこと。ソプラノ・シンガーのアビー・ミッチェル(Abbie Mitchell/1884-1960)がソプラノ・ヴォイスで高らかに歌い上げている。この曲が音源として初めて形になったのはオペラが上演された1935年のことで、やはりソプラノ・シンガーのヘレン・ジェプソン(Helen Jepson/1904-1997)によってレコーディングされた。が、最初にこの曲が広く知られるようになったきっかけは、「奇妙な果実」で知られる伝説のアフリカン・アメリカンの女性ジャズ・シンガー、ビリー・ホリデイ(Billie Holiday/1915-1959)が1936年にカヴァーしてレコーディングしたものがヒットしたことだろう。筆者が20代の頃、たまたま購入した彼女のベスト盤に収録されていたと記憶しているが、それ以前に聴いていたジャニス・ジョプリンのヴァージョンとは異なり、ジャニスのそれとはまた違う意味で気だるい雰囲気が曲全体に漂っていた。本連載第68回で採り上げたニーナ・シモンもカヴァーしているが、ライヴ映像を観てみたところ、イントロが3分近くもあり、彼女がようやく歌い出すその声は、やはりゆったりめで気だるく、哀愁さえ漂っている。子守唄なのに。上記のシンガー以外にも、この曲は数千人のシンガーやアーティストたちによってカヴァーされてきた。が、やはり筆者にとって最も印象深いのは、絞り出すように熱唱するジャニス・ジョプリンのヴァージョンである。ジャニスをリード・ヴォーカルとして擁したビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ ホールディング・カンパニーのアルバム『CHEAP THRILLS』(1968)に収録されている。

これは、『ポーギーとベス』に登場する漁師のジェイクの妻クララが、自分の赤ん坊に向かって歌っている子守唄だ。そのことを知らずに聴くと、歌詞の意味を汲み取れない。マイナー調のメロディと、母親が自分の子供に夢を託す希望を含んだ歌詞が対照的。実際には子供を産まなかったジャニスが、万感の思いを込めて歌うカヴァーは、心の琴線に触れ、哀しくも感動を呼ぶ。

曲の要旨

夏がやってきたわね。坊や、この季節には魚は豊漁で綿畑の綿はぐんぐん成長するのよ。坊や、あなたのパパはお金持ちでママは美人さん。さぁ、泣かずにおとなしく寝てちょうだい。あなたが大きくなったら、ある朝、突然に歌い出してその才能を発揮するはずよ。そしてあなたは広い世界へと飛び出していくの。今は安心しきってすやすやと眠っている坊や。この先のあなたを困難が待ち受けてるはずはないわ。

1968年の主な出来事

アメリカ: ロバート・ケネディ上院議員が暗殺される。
公民権運動指導者のマーティン・ルーサー・キング Jr.牧師が暗殺される。
日本: 静岡県の旅館で殺人犯の立てこもり事件が発生。世に言う「金嬉老事件」。
世界: 南ヴェトナム民族解放戦線軍がサイゴンに進撃し、アメリカ大使館を占領。

1968年の主なヒット曲

Green Tambourine/レモン・パイパーズ
Love Is Blue/ポール・モーリア
Tighten Up/アーチー・ベル&ザ・ドゥレルズ
Stoned Soul Picnic/フィフス・ディメンション
Love Child/ダイアナ・ロス&ザ・シュープリームス

Summertimeのキーワード&フレーズ

(a) the living’s easy
(b) fish
(c) spread one’s wings

今から27年前の夏、大学でアメリカ南部文学を専攻していた筆者は、夏休みの課題である研究リポートのテーマに、カーソン・マッカラーズ(Carson McCullers/1917-1967)の『THE MEMBER OF THE WEDDING(1946/翻訳本が出た際の邦題を『結婚式のメンバー』といった)』を選んだ。筆が進まなくなると、必ずレコード棚から取り出して聴いたのがジャニスが熱唱する「Summertime」であった。アメリカ南部の肌にまとわりつくような、ねっとりとした暑気(筆者は真夏にアトランタを訪れたことがあるが、日中の暑さは殺人的だった)が描かれている同小説に、仮にBGMを施すとしたなら、ジャニスの「Summertime」ほど似合うものはないと思ったから。そして取り憑かれたように何度も何度も「Summertime」を聴き続け、ようやく課題をまとめあげたものである。以来、ジャニスが歌う同曲を耳にする度に、南部文学の課題のリポートと格闘していた大学生時代を思い出さずにはいられなくなった。ジャニスの歌声に助けられて無事に課題をやり遂げた、と言っても過言ではない。ありがとう、ジャニス。夏は大の苦手だが、この季節になると無性に「Summertime」が聴きたくなる。

短い歌詞である。子守唄なのだから、長い歌詞など必要ない。赤ん坊が寝入るまで、お母さんが歌う曲が子守唄だから。歌詞が長かったなら、お母さんも歌詞を覚えるのが大変だろう。ちなみに、筆者は幼少期に両親と別居しており、祖母に育てられたので、母親に子守唄を歌ってもらった記憶が全くない。寝しなに絵本を読んでもらった記憶さえも。もしアメリカに生まれていたなら、どんな子守唄を歌ってもらったのだろうかと、「Summertime」を聴く度に少し感傷的な気分になってしまう。

そんなことはともかくとして。短い歌詞ながら、「Summertime」のそれはいろんなことを教えてくれる。例えば(a)の“easy”。今ではカタカナ語の「イージー」でも通じるが、多くの日本人はそのカタカナ語から「単純な、簡単な、気楽な」といったニュアンスをすぐさま思い浮かべることだろう。ところが“easy”には、カタカナ語で遣われる際のニュアンスとはちょっと違う意味もある。それが、(a)のフレーズがいわんとしている「裕福に暮らす」という意味。子守唄風に(a)を解釈すると、「私たち家族は裕福なのよ→あなたはお金に苦労しない家庭に生まれたのよ」となるだろうか。(a)が含まれる1stヴァースには、「綿畑の綿がこの夏はぐんぐん成長している」とあるが、その昔、アフリカから強制的にアメリカに連れられてきた奴隷たちのほとんどは、綿畑での労働を余儀なくされた。そのことから、“cotton-picking(忌々しい、ひどい)”という形容詞さえ生まれたほどである。恐らく『ポーギーとベス』の舞台となっているアメリカ南部のアフリカン・アメリカン居住区では、その夏、綿は大豊作だったのだろう。当然ながら、雇い主は白人である。1863年に奴隷制度が廃止されたとは言え、未だ人種差別が根強く残っているアメリカ南部の1930年代には、まだまだ奴隷の末裔がいたのだ。恐らく、綿畑での労働を強いられていたアフリカン・アメリカンも数多くいたであろう。この曲の1stヴァースは、そのことを想像させずにはおかない。

みなさんの多くは、中学時代の英語の授業で“fish”は“fishes”という複数形にならない、と習ったことだろう。筆者も右に同じ。ところが、ごくまれに複数形になることもある、というのを、筆者はほんの数年前に知った。確かCNNかABC(もしかしたらBBCだったかも知れない)のニュースを副音声で観ていた時だと記憶するが、異なる魚の種類を言う際には、複数形にもなる場合がある、ということを初めて知った。ところが(b)では、“fish”が単数形であるにも拘らず、be動詞が複数形を受けての“are”になっている。となると、ここの場面では、同一種の魚を指している、と考えるのが妥当だろう。さしずめここでは、奴隷時代からアフリカン・アメリカンの多くがフライにして食してきた“catfish(ナマズ)”だろうか。

(c)はイディオムで、「~の能力や才能を思う存分に発揮する」という意味。お母さんが赤ん坊に向かって、「いつの日かお前は世の中に出て行く人物になるよ」と言っているフレーズ。(c)が含まれるヴァースからうかがい知れるのは、このお母さんが、将来、自分の子供がプロのシンガーになって有名になることを望んでいる、ということである。筆者の思い過ごしかも知れないが、ここのフレーズを歌う際のジャニスのヴォーカルが、取り分け激情的に聞こえる。生まれ故郷で幼少期からいじめられっ子だった彼女は、地元をかなり恨んでいたらしく、いつか見返してやりたいと思っていたという(あるドキュメンタリーでそう語っていた)。そして彼女はシンガーとして大成し、27歳という若さで呆気なくこの世を去ってしまった。それでもジャニスが遺した「Summertime」の熱唱は半永久的に消えない。アメリカ南部のねっとりとした気だるい夏の情景を、ここまでヴォーカルで表現し尽くしたシンガーは、彼女以外にはいないだろうから。

【筆者プロフィール】

泉山真奈美(いずみやま・まなみ)

1963年青森県生まれ。幼少の頃からFEN(現AFN)を聴いて育つ。鶴見大学英文科在籍中に音楽ライター/訳詞家/翻訳家としてデビュー。洋楽ナンバーの訳詞及び聞き取り、音楽雑誌や語学雑誌への寄稿、TV番組の字幕、映画の字幕監修、絵本の翻訳、CDの解説の傍ら、2012年まで翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座(マスターコース「訳詞・音楽記事の翻訳」)、通学講座(「泉山式 翻訳力×英文法講座」)の講師を務めた。著書に『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』、『エボニクスの英語』(共に研究社)、『泉山真奈美の訳詞教室』(DHC出版)、『DROP THE BOMB!!』(ロッキング・オン)など。『ロック・クラシック入門』、『ブラック・ミュージック入門』(共に河出書房新社)にも寄稿。マーヴィン・ゲイの紙ジャケット仕様CD全作品、ジャクソン・ファイヴ及びマイケル・ジャクソンのモータウン所属時の紙ジャケット仕様CD全作品の歌詞の聞き取りと訳詞、英文ライナーノーツの翻訳、書き下ろしライナーノーツを担当。マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン 40周年記念盤』での英文ライナーノーツ翻訳、未発表曲の聞き取りと訳詞及び書き下ろしライナーノーツを担当した。その他、ジャンルを問わずポップス、ロックの訳詞も手がける。

2013年 8月 7日