人名用漢字の新字旧字

第98回 「祐」と「祐」

筆者:
2015年10月29日

新字の「祐」は人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。旧字の「祐」も人名用漢字なので、子供の名づけに使えます。でも、それぞれ子供の名づけに使えなかった時期があるのです。

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表2528字を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、旧字の「祐」が含まれていました。ところが、昭和21年11月5日に国語審議会が答申した当用漢字表1850字では、「祐」は除かれていました。昭和23年1月1日に戸籍法が改正され、子供の名づけは当用漢字表1850字に制限されました。この時点で、新字の「祐」も旧字の「祐」も、子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

昭和26年3月13日、国語審議会のもと発足した固有名詞部会では、子供の名づけに使える漢字を、当用漢字以外にも増やす方向で議論が進みました。固有名詞部会は『標準名づけ読本』の500字をチェックし、500字のうち75字が当用漢字に含まれていないことを確認しました。この75字の中に、旧字の「祐」が含まれていたのです。固有名詞部会は、この75字に17字を加えた92字を、追加すべき人名用漢字として国語審議会に報告しました。ただし固有名詞部会は、旧字の「祐」ではなく新字の「祐」を追加すべきだ、と報告しました。これを受けて、国語審議会は昭和26年5月14日、人名漢字に関する建議を発表しました。翌週25日、この92字は人名用漢字別表として内閣告示され、新字の「祐」が子供の名づけに使えるようになりました。

一方、旧字の「祐」は、子供の名づけには使えないと思われていました。これに対し、昭和36年12月15日、当時の栃木県今市市の戸籍事務担当者は、今市市長経由で宇都宮地方法務局長に対し、旧字の「祐」を名に含む出生届を受理してよいかどうか、照会をおこないました。法務省民事局長の回答(昭和37年1月20日)は、旧字の「祐」も受理してさしつかえないが、なるべく新字の「祐」で出生届を提出させるよう指導してほしい、というものでした。

昭和56年5月14日の民事行政審議会答申では、新字の「祐」も旧字の「祐」も、どちらも子供の名づけに使えるべきだ、ということになっていました。法務省民事局長の回答を踏襲する形になっていたのです。昭和56年10月1日に戸籍法施行規則が改正され、新字の「祐」に加え、旧字の「祐」も人名用漢字になりました。それが現在も続いていて、「祐」も「祐」も出生届に書いてOKなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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