三省堂辞書の歩み

第45回 ルビー英和辞典

筆者:
2015年11月18日

ルビー英和辞典

昭和10年(1935)10月30日刊行
三省堂編輯所編/本文560頁/B7判変形(縦93mm)

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【ルビー英和辞典】1版(昭和10年)

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【本文1ページめ】

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チリ(表紙の出っ張り部分の内側)にある装飾文様

本書は、『ジェム英和・和英辞典』(大正14年初版、昭和9年改訂版)より縦が2cmほど小さく、横が1cmほど大きい。また、総革の表紙は4mm近い厚みがあって、表面にクッション性があることが珍しい。さらに、三方金のうえ、チリ(表紙が本文より出っ張る部分の内側)に装飾文様が施されているので、高級仕様と言えるだろう。

『ジェム英和・和英辞典』改訂版は定価2円80銭、本文571頁の『ジェム英和辞典』は半額の1円40銭。本書は定価2円だったから、少し割高ではある。同年9月刊行の『学生英和辞典』と比べると、四六判ながら同程度のページ数で2円。また、『センチュリー英和辞典』(昭和8年)は本文1606頁で普及定価2円という安さだった。

前年9月に出た同規模の『ジェム英和辞典』改訂版と内容を比較すると、少なからぬ違いがある。「cat」は、『ジェム』に載っている8つの熟語を『ルビー』ではすべて独立項目にし、新たに慣用句を2例載せた。ただし、「dog」では違いが少なく2 増2減で、それぞれ11ずつの熟語・慣用句を載せている。

「ジェム」は宝石という意味だが、同種の寸珍本辞書を「ルビー」と名付けたのはなぜなのだろうか。すでに、経済雑誌を発行していたダイヤモンド社があったから、「ダイヤ」は避けたのかもしれない。本書には序文がなく、『三省堂の百年』では略年表に載るのみで、本文には出てこないから事情が全く分からない。

『日本百科大辞典』第10巻(大正8年)の「ルビー」の項目には「美質のものは通常の金剛石の玉よりも高価なりとす」とある。現在の事典でも、安定した供給源がないためダイヤモンドより価格が高い、と記したものがある。ルビーは7月の誕生石だが、亀井忠一(創業者、当時顧問)は安政3年6月30日(新暦1856年7月31日)生まれ、斎藤精輔(初代編集長、当時監査役)は慶応4年7月11日(新暦1868年8月28日)生まれだった。

出版や印刷の業界用語では、振り仮名を「ルビ」と称する。その語源は、イギリスの5.5ポイント活字が「ルビー」と呼ばれていたことによる。明治以降、日本の出版物に多く使われていた五号活字の本文の振り仮名が七号で、5.5ポイントに近かったことから「ルビ」と言われるようになったそうだ。しかし、本書の本文は5ポイントだから、活字の大きさは「パール」である(「ダイヤモンド」は4.5ポイント)。三省堂印刷所が5.5ポイント活字を完成させたのは、5年後の昭和15年だった。

●最終項目

●「猫」の項目

●「犬」の項目

筆者プロフィール

境田 稔信 ( さかいだ・としのぶ)

1959年千葉県生まれ。辞書研究家、フリー校正者、日本エディタースクール講師。
共著・共編に『明治期国語辞書大系』(大空社、1997~)、『タイポグラフィの基礎』(誠文堂新光社、2010)がある。

編集部から

2011年11月、三省堂創業130周年を記念し三省堂書店神保町本店にて開催した「三省堂 近代辞書の歴史展」では、たくさんの方からご来場いただきましたこと、企画に関わった側としてお礼申し上げます。期間限定、東京のみの開催でしたので、いらっしゃることができなかった方も多かったのではと思います。また、ご紹介できなかったものもございます。
そこで、このたび、三省堂の辞書の歩みをウェブ上でご覧いただく連載を始めることとしました。
ご執筆は、この方しかいません。
境田稔信さんから、毎月1冊(または1セット)ずつご紹介いただきます。
現在、実物を確認することが難しい資料のため、本文から、最終項目と「猫」「犬」の項目(これらの項目がないものの場合は、適宜別の項目)を引用していただくとともに、ウェブ上で本文を見ることができるものには、できるだけリンクを示すこととしました。辞書の世界をぜひお楽しみください。
毎月第2または第3水曜日の公開を予定しております。