人名用漢字の新字旧字

第100回 「氷」と「冰」

筆者:
2015年11月26日

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、新字の「氷」を含む2528字が収録されていました。しかし、旧字の「冰」はカッコ書きにすらなっておらず、標準漢字表のどこにも収録されていなかったのです。

昭和21年11月5日、国語審議会は、文部大臣に当用漢字表1850字を答申しましたが、当用漢字表でも新字の「氷」だけが収録されていて、旧字の「冰」は含まれていませんでした。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり新字の「氷」だけが含まれていました。昭和23年1月1日、戸籍法が改正され、子供の名づけは当用漢字1850字に制限されました。この時点で、新字の「氷」は出生届に書いてOKですが、旧字の「冰」はダメ、となってしまったのです。

それから半世紀の後、平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、常用漢字や人名用漢字の異体字であっても、「常用平易」な漢字であれば人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。

追加候補選定基準 漢字出現頻度数調査
200回以上 50〜199回 1〜49回
不受理の法務局数 11以上 JIS第1〜3水準 JIS第1・2水準 JIS第1・2水準
8〜10 JIS第1〜3水準 JIS第1・2水準 JIS第1水準
6〜7 JIS第1〜3水準 JIS第1水準 JIS第1水準
0〜5 JIS第1・3水準 - -

旧字の「冰」は、全国50法務局中2つの管区で出生届を拒否されたことがあったものの、JIS第2水準漢字で、漢字出現頻度数調査の結果が19回でした。この結果、旧字の「冰」は「常用平易」とはみなされず、人名用漢字に追加されませんでした。

その一方で法務省は、平成23年12月26日に入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1〜4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「氷」に加え、旧字の「冰」が書けるようになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「氷」はOKですが、旧字の「冰」はダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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