タイプライターに魅せられた男たち・番外編第18回

タイプライター博物館訪問記:菊武学園タイプライター博物館(14)

筆者:
2016年5月19日

菊武学園タイプライター博物館(13)からつづく)

菊武学園の「Pittsburg-Visible Model No.10」
菊武学園の「Pittsburg-Visible Model No.10」

菊武学園タイプライター博物館には、「Pittsburg-Visible Model No.10」も展示されています。ペンシルバニア州キタニングのドーアティー(James Denny Daugherty)が、1898年から1908年頃にかけて製造したタイプライターで、フロントストライク式と呼ばれる印字機構が画期的です。「Pittsburg-Visible Model No.10」の特徴は、キーボードとプラテンの間に配置された40本のタイプ・アーム(type arm)にあります。

タイプ・アームは、それぞれ対応するキーにつながっています。キーを押すと、プラテン側を支点として、タイプ・アームの先(キーボード側)が持ち上がり、プラテンの前面めがけて打ち下ろされます。タイプ・アームがプラテンに到達する直前に、インク・リボンが下からせりあがって来ます。タイプ・アームの先には、活字が2つずつ付いていて、通常の状態では小文字が、プラテンに挟まれた紙の前面に印字されます。キーを離すと、タイプ・アームとインク・リボンは元の位置に戻り、紙の前面に印字された文字が、オペレータから直接見えるようになります。それが「Visible」の意味するところであり、打った文字がすぐ読める、というのがフロントストライク式の売りなのです。

菊武学園の「Pittsburg-Visible Model No.10」のキーボード
菊武学園の「Pittsburg-Visible Model No.10」のキーボード

菊武学園の「Pittsburg-Visible Model No.10」のキーボードは、いわゆるQWERTY配列です。両端には「SHIFT」と書かれたキーがあり、これを押すと大文字が印字されるのですが、「SHIFT」キーと書かれているにもかかわらず、プラテンが移動(シフト)するわけではありません。「SHIFT」キーを押すと、タイプ・アームとキーボード全体が少し手前に傾き(動画)、プラテンとの相対的な角度が変わることで、大文字が印字されるのです。ただ、その結果「SHIFT」キーが非常に重い、という問題がありました。

菊武学園の「Pittsburg-Visible Model No.10」前面
菊武学園の「Pittsburg-Visible Model No.10」前面

この重い「SHIFT」機構を正常に動作させるために、「Pittsburg-Visible Model No.10」は、頻繁にメンテナンスをおこなう必要がありました。また、フロントストライク式そのものは良いアイデアだったのですが、結果として、複数のタイプ・アームが印字点でひっかかってしまう(いわゆるジャミング)現象が多発しました。結局、ドーアティーは、ピッツバーグ・ライティング・マシン社の株式と、フロントストライク式タイプライターに関する特許を、ユニオン・タイプライター社に売却し、自身もユニオン・タイプライター社で開発を続けることになるのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。