古語辞典でみる和歌

第28回 願望の表現を含む和歌

2016年9月6日

願望の表現を含む和歌:飽かなくにまだきも月の隠るるか山の端(は)逃げて入れずもあらなむ

出典

古今・雑上・八八四・在原業平(ありはらのなりひら)、伊勢・八二

まだ満足しておらず、もっともっと眺めていたいのに、こんなにも早く月が隠れてしまうのでしょうか。山の端よ、逃げて月を入れないでおくれ。

技法

三句切れ。

「隠るるか」の「か」は詠嘆を表す終助詞で、「まだきも」の「も」と呼応している。「入れずもあらなむ」の「なむ」は他に対する願望を表す終助詞。

参考

業平が惟喬(これたか)親王の供をして狩りに出かけ、宿所に帰って一晩中酒宴を開いたとき、親王が寝所へ入ろうとするのを見て、親王を月になぞらえて、おやすみになるのはまだ早すぎます、と引きとめた歌。

(『三省堂 全訳読解古語辞典〔第四版〕』「あかなくに…」)


今回は、願望の終助詞を取り上げます。

願望を表す終助詞には、「なむ」「もが」「もがな」「ばや」「てしか(てしが)な」「にしか(にしが)な」などがあります。
「なむ」は、他に対して、自分の考えにそった動作・状態になることを願望する意を表すのに対して、「もが」「もがな」は、他に対して実現不可能に近い空想的なことを願望する意を表します。
「ばや」は、他人ではなく自分の行為についての願望を表し、「てしか(てしが)な」「にしか(にしが)な」は、多く、実現の困難なことがらへの自分の願望を表し、和歌に頻出します。
以下に和歌の用例を挙げ、末尾の( )カッコ内に、辞書での掲出項目を示します。なお『三省堂 全訳読解古語辞典』では、「なむ」の「読解のために」や、「もがな」の「補説」などでも、これらの違いについて詳しい解説がなされています。

【なむ】

山桜霞の衣あつく着てこの春だにも風つつまなむ
〈山家集〉
[訳]山桜よ、たなびく霞をあつく身にまとって、せめてこの春は、風を包んで、花びらを散らさないでいてほしい
〔注〕「なむ」は願望の意の終助詞。(「かすみのころも」)

まどろまぬ壁にも人を見つるかなまさしからなむ春の夜の夢
〈後撰・恋一・五〇九〉
[訳]まどろむこともないのに夢にあの人を見たことだ。現実のまちがいないものであってほしい。この(はかない)春の夜の夢が。(「かべ」)

【もがな】

名にしおはば逢坂山(あふさかやま)のさねかづら人に知られでくるよしもがな
〈後撰・恋三・七〇〇・藤原定方(さだかた)〉/ 百人一首
[訳]逢坂山のさねかずら、といって逢って寝るという名をもっているのなら、そのさねかずらを手繰(たぐ)るように、人には知られないで逢いに来る方法があればよいのになあ
[技法]「逢坂山」に「逢ふ」を、「さねかづら」に「さ寝」を、さらに「繰る」に「来る」をかける。「逢坂山」は歌枕。
〔注〕「人に知られで」の「で」は、打消の接続助詞。「もがな」は、願望の終助詞。(「なにしおはばあふさかやまの…」)

今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならでいふよしもがな
〈後拾遺・恋三・七五〇・藤原道雅(みちまさ)〉/ 百人一首
[訳]今となってはただ、(あなたを)あきらめてしまおうということだけを、人づてではなく、(あなたに直接)言う方法があったらなあ
〔注〕「今はただ」は「人づて…もがな」にかかる。「思ひ絶えなむ」の「な」は完了(確述)の助動詞「ぬ」の未然形、「む」は推量の助動詞。「なむ」の形で強い意志を表す。「とばかりを」の「と」は「思ひ絶えなむ」を引用する格助詞。「もがな」は願望の終助詞。
[参考]詞書(ことばがき)によれば、伊勢(いせ)の斎宮(さいぐう)を辞任して帰京した皇女、当子(とうし)内親王との恋を、内親王の父三条天皇に禁じられたときに詠んだ歌。「人づて…もがな」と詠んでいるところに、相手への深い執着が読みとれる。(「いまはただ…」)

【ばや】

見せばやな雄島(をじま)の海人(あま)の袖(そで)だにもぬれにぞぬれし色は変はらず
〈千載・恋四・八八六・殷富門院大輔(いんぷもんゐんのたいふ)〉/ 百人一首
[訳]見せたいものですよ。あの雄島の漁夫の袖さえ、私の袖と同じく、ひどく濡(ぬ)れているのに、色までは変わりません。
〔注〕「ばや」は願望を表す終助詞。「な」は詠嘆の終助詞。「だに」は程度の軽いものを挙げ他を類推させる副助詞。「濡れし」の「し」は「ぞ」の結びで、過去の助動詞「き」の連体形。
[参考]「雄島」は松島の雄島。涙で袖の色が変わるのは、恋の悲しみで血の涙を流すため。歌は、血の涙に染まった私の袖を冷淡な恋人に見せたいという意。血の涙とは漢詩の「血涙」から来た修辞。(「〔和歌〕みせばやな…」)

恋ひしとよ君恋ひしとよゆかしとよ、逢(あ)ばやばやばや見えばや
〈梁塵秘抄〉
[訳]恋しいよ、あなたが恋しいよ、慕わしいよ、逢いたいよ、見たいよ、見たいよ見られたいよ。(「ゆかし」)

【てしか(てしが)な】

磯馴(そな)れ木のそなれそなれてふす苔(こけ)のまほならずとも逢(あ)ひてしがな
〈千載・恋三・八〇四〉
[訳]地に傾きはえた木が潮風のために、地面にはうように隠れて苔むしているように、たとえちゃんとした形ではないにしても、あなたと結婚したいものです。(「ふす」)

思ひつつまだ言ひそめぬわが恋を同じ心に知らせてしがな
〈後撰・恋六・一〇一二〉
[訳]恋しく思いつづけながらも、まだお伝えしていない私の恋を、(私と)同じ心になるようにお知らせしたいものです。(「いひそむ」)

【にしか(にしが)】

伊勢の海に遊ぶ海人(あま)ともなりにしか(なみ)かきわけて見るめかづかむ
〈後撰・恋五・八九一〉
[訳]伊勢の海で気楽に過ごす海人にでもなりたいものだなあ。海人が波をかき分けてもぐり、海松布(みるめ)を採るように、私も、こっそりと恋しい人にあう機会を得られるでしょうから。
〔注〕海藻の「海松布」に女性にじかにあう機会の意の「見る目」をかける。(「にしか」)

筆者プロフィール

古語辞典編集部

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