タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(4):Hammond Multiplex

筆者:
2017年3月30日
『Time』1925年4月6日号

『Time』1925年4月6日号

創業者のハモンド(James Bartlett Hammond)が1913年1月27日に死去し、ハモンド・タイプライター社の経営は、当時29才だったベッカー(Neal Dow Becker)の手に委ねられました。ベッカーは、ハモンドが残した技術のうち、タイプ・シャトルと呼ばれる印字機構を中心に、「Hammond Multiplex」を完成・発売しました。

「Hammond Multiplex」には、キーボードが曲がっている(Curved Keyboard)モデルと、キーボードが直線的な(Straight Keyboard)モデルがあり、いずれも1913年に製造を開始しました。その後1916年には、筐体の上面を金属板のカバーでくるんだ(Metal Cover)モデルになりました。上の広告に掲載されている「Hammond Multiplex」は、直線キーボード金属板カバーモデル(Straight Keyboard, Metal Cover Model)です。キーボードの上段が13キー、中段が12キー、下段が12キーなので、下段の左右端が「CAP.」キー、中段の左右端が「FIG.」キー、上段の左端がロックキー、上段の右端のキーがバックスペース、そのすぐ左側のキーがマージンリリースだと考えられます。「Hammond Multiplex」には、「CAP.」と「FIG.」のロックキーがそれぞれ独立しているモデルもあるのですが、この広告のモデルでは一体化しているようです。

中央の円筒内部に組み込まれたタイプ・シャトルには、30行×3列=90字の活字が埋め込まれています。タイプ・シャトルの3列の活字のうち、下の列には「FIG.」に対応する数字その他の記号が、真ん中の列には「CAP.」に対応する英大文字等が、上の列には英小文字等が、それぞれ埋め込まれています。残る30個の各キーを押すと、タイプ・シャトルの対応する活字が紙の方へと移動し、紙の背面からハンマーが打ち込まれることで、紙の前面に印字がおこなわれるのです。また、円筒内部には、2枚のタイプ・シャトルをセットしておくことができます。タイプ・シャトルの切り替えは、円筒の真ん中にあるツマミを、180度回転させることでおこないます。この機構により、「Hammond Multiplex」は、最大180種類の文字を打ち分けることが可能でした。

ただし、1920年代においては、フロントストライク式タイプライターが全盛を極めていて、「Hammond Multiplex」のタイプ・シャトル機構は、すでに時代遅れとなっていました。紙の背面からハンマーを打ち込む機構では、紙の厚みによって印字の濃さが左右され、そもそも分厚い紙への印字が不可能です。ベッカーは、フェデラル・アディング・マシン社を1921年に買収し、同社のフロントストライク式タイプライター「Federal Visible」の技術を、「Hammond Multiplex」に援用すべく試みたようです。しかしながら、現実には、ハモンド・タイプライター社において、フロントストライク式の技術が実用化されることはありませんでした。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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