人名用漢字の新字旧字

第151回 「鴬」と「鶯」

筆者:
2018年2月8日

昭和17年6月17日、国語審議会は標準漢字表を、文部大臣に答申しました。標準漢字表は、各官庁および一般社会で使用する漢字の標準を示したもので、部首画数順に2528字が収録されていました。標準漢字表の鳥部には「鶯」が含まれていて、その直後に、カッコ書きで「鴬」が添えられていました。「鶯(鴬)」となっていたわけです。簡易字体の「鴬」は、「鶯」の代わりに使っても差し支えない字、ということになっていました。昭和17年12月4日、文部省は標準漢字表を発表しましたが、そこでは旧字の「鶯」だけが含まれていて、新字の「鴬」は含まれていませんでした。

昭和21年11月5日、国語審議会は当用漢字表1850字を、文部大臣に答申しました。この当用漢字表で、国語審議会は、「鴬」も「鶯」も削除してしまいました。当用漢字表は「使用上の注意事項」で「動植物の名称は、かな書きにする」としており、このルールに従えば、新字の「鴬」も旧字の「鶯」も、当用漢字表には不要だと判断されたのです。当用漢字表は、翌週11月16日に内閣告示されましたが、やはり「鴬」も「鶯」も収録されていませんでした。そして、昭和23年1月1日に戸籍法が改正された結果、「鴬」も「鶯」も子供の名づけに使えなくなってしまったのです。

平成16年3月26日に法制審議会のもとで発足した人名用漢字部会は、常用漢字や人名用漢字の異体字であっても、「常用平易」な漢字であれば人名用漢字として追加する、という方針を打ち出しました。この方針にしたがって人名用漢字部会は、当時最新の漢字コード規格JIS X 0213(平成16年2月20日改正版)、平成12年3月に文化庁が書籍385誌に対しておこなった漢字出現頻度数調査、全国の出生届窓口で平成2年以降に不受理とされた漢字、の3つをもとに審議をおこないました。新字の「鴬」は、全国50法務局のうち出生届を拒否した管区は無く、JIS第1水準漢字で、出現頻度数調査の結果が22回でした。旧字の「鶯」は、全国50法務局のうち出生届を拒否した管区は無く、JIS第2水準漢字で、出現頻度数調査の結果が574回でした。この結果、新字の「鴬」も旧字の「鶯」も、「常用平易」とはみなされず、人名用漢字には追加されませんでした。

平成23年12月26日、法務省は入国管理局正字13287字を告示しました。入国管理局正字は、日本に住む外国人が住民票や在留カード等の氏名に使える漢字で、JIS第1~4水準漢字を全て含んでいました。この結果、日本で生まれた外国人の子供の出生届には、新字の「鴬」も旧字の「鶯」も書けることになりました。でも、日本人の子供の出生届には、新字の「鴬」も旧字の「鶯」もダメなのです。

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

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