タイプライターに魅せられた男たち・補遺

広告の中のタイプライター(36):IBM Selectric

筆者:
2018年7月12日
『Nation's Business』1962年11月号
『Nation's Business』1962年11月号 (写真はクリックで拡大)

「IBM Selectric」は、IBMが1961年に発売した電動タイプライターです。「IBM Electromatic」以来IBMが採用してきたフロントストライク式ではなく、「IBM Selectric」はタイプ・ボールと呼ばれる金属製の「玉」により、紙の前面に印字をおこなう機構が特徴的です。 「IBM Selectric」のタイプ・ボールは、表面に88個の活字が鋳込まれた金属製の「玉」です。押されたキーに対応して上下左右に回転し、紙の表面に倒れ込むように印字をおこないます。タイプ・ボール上の88個の活字は、22個ずつ4段に分かれており、標準のタイプ・ボールでは、最上段が[#&*$Z@%¢)(]3784z25609と、次の段がXUDCLTNEKHBxudcltnekhbと、その次の段がMVRAO˚."ISWmvrao!.'iswと、最下段がGF:,?J+PQY_gf;,/j=pqy-と、上から見て時計回りに並んでいました。タイプ・ボールは簡単に着脱可能であり、様々なデザインのフォントや、アルファベット以外のタイプ・ボールも準備されていました。 この結果、「IBM Selectric」では、タイプ・ボールによってキー配列も変わります。ただし、上の広告にもあるように、キートップには、いわゆる標準QWERTY配列が記されています。最上段のキーは]234567890-=と並んでいて、シフト側が[@#$%¢&*()_+です。すなわち「@」が「2」のシフト側にあって、これがIBMのタイプライターを特徴づけていました。また、数字の「1」ではなく「]」が標準で、数字の「1」は小文字の「l」で代用することが想定されていました。次の段はqwertyuiop!と並んでいて、シフト側がQWERTYUIOP˚です。その次の段はasdfghjkl;'と並んでいて、シフト側がASDFGHJKL:"です。最下段はzxcvbnm,./と並んでいて、シフト側がZXCVBNM,.?です。 ただ、最上段左端のキーに対応する活字を「]」と「[」ではなく、「1」と「!」にしたタイプ・ボールの方が、実際には人気が高かったようです。その結果、下の広告にもあるように、最上段左端のキートップに「1」と「!」を併記した「IBM Selectric」も、後には生産されるようになりました。このようなタイプ・ボールでは、2段目右端のキーに対応する活字を「!」と「˚」ではなく、「½」と「¼」にすることも多かったらしく、それらもキートップに併記されています。

『Office Equipment & Methods』1966年10月号
『Office Equipment & Methods』1966年10月号 (写真はクリックで拡大)

筆者プロフィール

安岡 孝一 ( やすおか・こういち)

京都大学人文科学研究所附属東アジア人文情報学研究センター教授。京都大学博士(工学)。文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。著書に『新しい常用漢字と人名用漢字』(三省堂)『キーボード配列QWERTYの謎』(NTT出版)『文字符号の歴史―欧米と日本編―』(共立出版)などがある。

https://srad.jp/~yasuoka/journalで、断続的に「日記」を更新中。