明解PISA大事典

第7回 発問1:“情報の取り出し”はスパイのおしごと

筆者:
2009年6月19日

PISAの読解力には「情報の取り出し」「解釈」「熟考と評価」という、3つの発問の区分がある。今回から3回にわたって、そのひとつひとつについて大まかに紹介することにしよう。今回は「情報の取り出し」である。

日本で「情報の取り出し」というと、テキストの重要な情報を一問一答で確認する作業を思い浮かべる人が多いようだ。物語文ならば5W1Hを押さえるというように。

たしかにテキストの重要な情報を押さえることは大切だ。これはPISAでも変わらない。だが、PISAで5W1Hが問われることはない。いや、正確には、情報の問いかたが日本の国語とPISAの読解力では根本的に異なる。そもそも「情報」のとらえかたが大きく異なるからだ。

実はPISAの「情報の取り出し」はスパイの仕事と同じである。

たとえば「隣国の独裁者が重病らしい」という風説が流れたとしよう。ただちに「重病説を裏づける情報を収集ありたい」との極秘電文が発せられ、スパイは「先月から独裁者が公の場に姿を見せていない」とか「某国から医師団が招聘された」などといった情報を集めてくる。

こういうスパイの仕事を諜報活動というが、これとPISAの「情報の取り出し」は本質的に同じものなのである。

「独裁者が重病らしい」というのは解釈である。一定の解釈を示した上で、その解釈を裏づける情報を取り出すことが、PISAの「情報の取り出し」の基本である。

欧米の教室での発問風にいえば
 「独裁者が重病であることは、この文章のどこで分かりますか?」

PISAの読解力の発問風にいえば
 「この課題文を読んだ人が『独裁者は重病らしいね』と言いました。この人の考えを裏づけるような事実を課題文から挙げてください」

この問いに答えるには、常に解釈との関係性を考えながら、多数の情報から有用な情報だけを批判的に選びとらなければならない。単純に一問一答で情報を取り出す活動に比べて、はるかに「考える」要素が強いのである。

このように解釈を成り立たせていくような情報を「インテリジェンス(intelligence)」、単なる事実の断片としての情報を「インフォメーション(information)」という。インテリジェンスは、要請に基づいてインフォメーションを収集し分析することによって「生産」されるものである。PISAの「情報の取り出し」は、テキストの数多のインフォメーションからインテリジェンスを生産する活動なのだ。

おもしろいことに、問いかたによって、同じ内容の情報であってもインフォメーションにもなれば、インテリジェンスにもなりうる。

たとえば物語『桃太郎』について――

インフォメーションを求める発問:
「桃太郎が腰に付けていたモノは何ですか?」

インテリジェンスを求める発問:
「桃太郎がイヌ・サル・キジを味方につける上で重要な役割を果たしたモノは何ですか?」

答えはいずれも「きびだんご」である。だが、前者は桃太郎の腰のまわりを探すという、いわば欠けた情報を探し出して穴埋めするような活動。後者は登場人物の行動にまつわる複数の情報を統合して、その要となる一つの情報へと結び付けていくような活動。思考プロセスが根本的に異なるのだ。

PISAの「情報の取り出し」とは、ざっとこのような性質のものである。このような性質のために、「情報の取り出し」の発問はいちばん作りにくい。一般に「情報の取り出し」の発問は簡単に作れると考えられているようだが、それは一問一答と混同したことによる誤解である。PISAのような欧米型読解問題の作問者がいちばん頭を悩ませるのが、「情報の取り出し」の発問なのである。

「情報の取り出し」がスパイの仕事と同じならば、その発問作りはスパイの司令官の仕事と同じである。小説や映画ではスパイの諜報活動ばかりが脚光を浴びているが、司令官の仕事も意外に大変なのだ。

筆者プロフィール

北川 達夫 ( きたがわ・たつお)

教材作家・教育コンサルタント・チェンバロ奏者・武芸者・漢学生
(財)文字・活字文化推進機構調査研究委員
日本教育大学院大学客員教授
1966年東京生まれ。英・仏・中・芬・典・愛沙語の通訳・翻訳家として活動しつつ、フィンランドで「母語と文学」科の教科教育法と教材作法を学ぶ。国際的な教材作家として日芬をはじめ、旧中・東欧圏の教科書・教材制作に携わるとともに、各地の学校を巡り、グローバル・スタンダードの言語教育を指導している。詳しいプロフィールはこちら⇒『ニッポンには対話がない』情報ページ
著書に、『知的英語の習得術』(学習研究社 2003)、『「論理力」がカンタンに身につく本』(大和出版 2004)、『図解フィンランド・メソッド入門』(経済界 2005)、『知的英語センスが身につく名文音読』(学習研究社 2005)、編訳書に「フィンランド国語教科書」シリーズ(経済界 2005 ~ 2008)、対談集に演出家・平田オリザさんとの対談『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生』(三省堂 2008)組織開発デザイナー・清宮普美代さんとの対談『対話流―未来を生みだすコミュニケーション』(三省堂 2009★新刊★)など。
『週刊 東洋経済』にて「わかりあえない時代の『対話力』入門」連載中。

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